別れが訪れるその日まで

29 奇跡の時間は、終わりを告げる

 けど、ここで倒れるわけにはいかない。
 想われるだけじゃ、今までと何も変わらないもの。
 伝えなくちゃ。私の本当の気持ちを。

「本当はね、この前好きって言ってもらえた時、すごく嬉しかったの。でもそれまで、紫苑君はお姉ちゃんのことが好きなんだって、ずっと勘違いしてた」
「だから、それは誤解だって。僕が好きなのは、昔も今も芹さんだよ」
「うん、今なら分かる。だけど昔は本当に、お姉ちゃんのことが好きだって思い込んでて。だからお姉ちゃんのことが羨ましかった。お姉ちゃんばっかりズルい、酷いって、一方的に恨んでた。本当に酷いのは、そんなことを思っちゃう私の方なのに」
「えっ? それは、どういう……」

 さらけ出した黒い心の内に、紫苑君は戸惑っている。
 だけどちゃんと、全部伝えなきゃ。

「私ね、お姉ちゃんに紫苑君を盗られるのが嫌で、お姉ちゃんなんていなくなれば良いって思ってたの。けど、そしたら本当にいなくなって、後悔した。私のせいでお姉ちゃんがいなくなった気がして、たくさんたくさん、後悔したの」
「待って。奈沙さんの事故は偶然でしょ。芹さんのせいじゃない」
「うん、そうだと思う。けどやっぱり心に引っ掛かってて、こんな私が誰かを好きになっちゃいけない。誰からも好かれちゃいけないって気がしてた。だからこの前、紫苑君に好きって言われた時、応えられなかった」
「それが、振った理由?」

 コクリと頷いて答える。
 考えてみたら、本当に酷い話。だって私は一人で壁を作ってるだけで、紫苑君の気持ちとも自分の気持ちとも、全然向き合っていなかったんだもの。

 だけど今は紫苑君の気持ちをちゃんと受け止めたいし、私の気持ちだってちゃんと伝えたい。
 その結果呆れられても、嫌われても構わない。
 だって全力でぶつかっていく事の大切さを──

『芹、頑張れ』

 ──お姉ちゃんが、教えてくれたから。

「あの時はゴメン。本当は私もずっと前から、紫苑君のことが好きだった。自分勝手で面倒くさくて、どうしようもない私だけど、紫苑君は選んでくれる?」

 …………言った。

 手が小刻みに震えて、足もガクガク。緊張で、今にも意識が飛びそうな中、目をつむって返事を待つ。
 すると、ぐいっと体を抱き寄せられる。
 背中に回された暖かな手と、抱き寄せられた先にあった、熱い胸の鼓動。
 目を開けると、そこには天使のような紫苑君の笑顔があった。

「……嬉しい。もちろんだよ」

 ──────────っ!?

 思わず息を飲む。
 き、聞き違いじゃないよね。けど、私から告白しておいてなんだけど、どうして!?

「い、良いの? さっきの話、聞いたよね。私は全然良い子じゃないし、お姉ちゃんに酷いことしてたんだよ。本当に、私なんかで……むぐっ!」
「私『なんか』は無し」

 ネガティブな発言を指で塞がれてしまい、紫苑君は抱き締めていた手を放す。

「奈沙さんのことは、ただの姉妹ケンカだよ。芹さんと奈沙さん、仲良かったけど、ケンカだってしょっちゅうしてたじゃない」

 ママと同じことを言ってる。
 さすが幼馴染み。私達の事なら、何だって知ってるや。

「けどケンカはしてても、それだけじゃなかったじゃない。芹さんが奈沙さんのことを好きだったことも、奈沙さんが芹さんのことを好きだったことも、ちゃんと知ってる。もしも奈沙さんの事で芹さんが苦しんでいるなら、僕もそれを背負いたい。だって僕は、二人の友達だから」

 いいの? なんて、聞くだけ野暮。
 紫苑君は、そういう男の子だから。そんな優しい彼を、私は好きになったんだ。

『ね、言った通りでしょ。紫苑君なら大丈夫だって』

 抱きしめられていてふり返ることはできないけど、お姉ちゃんの声が背中越しに聞こえる。
 きっと今、すっごくニヤニヤしてるんだろうなあ。

 そして紫苑君は手の力を緩めて、はにかみながら言葉を続けた。

「友達としてだけでなく、彼氏としても芹さんの事を支えていきたいんだけど……ダメかな?」
「ダ、ダメじゃない! わ、私の彼氏になってください!」

 顔を真っ赤にしながら言うと、紫苑君はさっきと同じ笑顔で、「喜んで」と返してくれる。
 夢じゃないよね。本当に、想いが通じたんだ。

 目頭が熱い。

 心臓が壊れそうなくらい、ドキドキする。

 だけど……だけど凄く幸せ。

 すると背中越しに、お姉ちゃんの声が聞こえてきた。

『良かったね。芹、おめでとう。これでもう、思い残すことは何も無いよ……』

 ありがとう。これもみんな、お姉ちゃんのおかげ……お姉ちゃん?

 クルリと後ろを振り向くと。



 ……そこには、誰もいなかった。



 あ、あれ? お姉ちゃん、どこ?
 隠れてないで出てきてよ。

 さっきまでは確かにいたはずなのに、ちゃんと声も聞こえていたのに、お姉ちゃんの姿がない。
 まるで最初からいなかったみたいに、消えてしまっていた。

 嫌な予感がして、胸がざわつく。
 いったい、どこへ行っちゃったの?

 ──もしかしたらあたしは、芹と紫苑君をくっつけるために、化けて出たのかもね。

 前にお姉ちゃんが言っていた言葉が甦り、同時に「ああ」と確信する。

 そっか。もう、終わっちゃったんだ。

 それは12時の鐘と共に、シンデレラの魔法が解けるのと同じ。
 元々、亡くなったお姉ちゃんがいたことの方が、おかしかったんだもの。
 奇跡の時間は、終わってしまったんだ。

「お姉……ちゃん……」
「えっ?」

 呟いた言葉に、紫苑君が反応する。
 だけど私は返事ができずに、目から涙が零れ落ちた。

 いつかこんな日が来るって分かってた。ずっと一緒には、いられないんだって。
 でも、どうして今なの? もっと話したいことが、たくさんあったのに……。

 ギュッ。

 んんっ!?
 不意に暖かな温度が、私を包み込む。
 紫苑君。彼が優しく、抱き締めてくれていた。

「し、紫苑君?」
「ごめん、いきなりこんなことして。だけど、悲しそうにしてたから。嫌だったら、逃げても良いよ」

 どうして泣いたのか、紫苑君は分かっていないはず。
 だけどそれでも何かを感じたみたいで、私を何かから守るように抱き締める。

 けど、これじゃダメ。
 優しくしてくれるのは嬉しいけど、いつまでも誰かに頼りっぱなしじゃ、いけないもの。

「ありがとう紫苑君。もう、いいから」
「本当に、大丈夫?」
「うん、平気」

 私ももっと、強くならなきゃ。
 少しうつ向いて、ゴシゴシと涙を拭いて、もう一度紫苑君と、目を合わせる。

「あのね、聞いてほしい事があるの。紫苑君が転校して行ってからのこと。あの後お姉ちゃんと、何があったか……」

 あんな現実離れした出来事、信じてくれるか分からない。
 だけど知っていてほしいから、話すね。

 私とお姉ちゃんが過ごした、奇跡の日々を。

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