別れが訪れるその日まで

3 生きてる私の姉孝行

『いっただきまーす』

 家に帰って、買ってきたシュークリームを仏壇に備えると、早速お姉ちゃんが袋を開けてムシャムシャ。
 美味しそうに食べてる。

 こうしていると、幽霊だってことが信じられない。
 だけどシュークリームを食べ終わって、『ごちそうさま』と手を合わせた瞬間、さっき食べたはずのシュークリームが、パッと仏壇に姿を現した。

「いつ見ても不思議。いったいどういう原理なんだろう?」

 これも幽霊特有の、不思議現象なのかな。
 お姉ちゃんは仏壇に備えた物を食べることができるんだけど、食べ終えた瞬間、こうして元の状態に戻るのだ。

 そしてお姉ちゃんが食べているように見えるのは、姿を見ることができる私だけ。
 どうやらお姉ちゃんを見ることができない他の人が見たら、お供え物はピクリとも動いていないみたいなの。

『良いじゃない。おかげで一つ買えば、後で芹だって食べられるんだから』
「まあそうなんだけどね。お姉ちゃんはもう食べたことだし、このシュークリームは冷蔵庫に入れておこう」

 生物だし、いつまでも外に出してちゃいけないものね。
 するとその時不意に部屋の戸が開いて、ママが顔を覗かせた。

「あら芹、何してるの?」
「ママ。ちょっとお姉ちゃんに、お供え物を」
「また? 芹は本当に、お姉ちゃん孝行ね。きっと奈沙も、天国で喜んでるわ」

 どこが寂しそうに笑うママ。

 ママの目には、私はどんな風に映っているんだろう?
 ママだけじゃなく、パパも。二人ともお姉ちゃんの姿を見ることができないし、声を聞くこともできない。
 だからもしかしたら、私がいつまで経っても亡くなったお姉ちゃんにベッタリな風に見えているのかもしれない。

 もしかしたらたくさん、心配掛けちゃっているのかも。
 だと言うのに、お姉ちゃんはと言うと。

『はっはっはー、ママってば残念。あたしは天国じゃなくてここにいるよー』

 この調子だもんね。
 お姉ちゃんを見てると、あれこれ悩むのがバカバカしく思えてくるよ。

 シュークリームを冷蔵庫に入れてから、自分の部屋に行く。
 未だに二人分の机が並んでいる、私達の部屋。
 入ると向かって右側にある、お姉ちゃんが使っていた机の上に、一匹の黒猫がゴロンと横になっていた。

『ボター、ただいまー』
「ニャ~ン」

 お姉ちゃんの声に反応して、ムクリと体を起こすボタ。
 真っ黒でふんわりとしたボディと、クリクリした目が可愛い。

 この子はお姉ちゃんが生きていた頃から飼っている猫で、ボタと言う名前もお姉ちゃんがつけたもの。
 ぼた餅みたいな色してるから、ボタにしたんだよね。

 そしてどうやらボタは、お姉ちゃんの姿が見えてるみたいなの。
 今みたいに声をかけると反応するし、お姉ちゃんが近づくと、トコトコ寄って行くもの。

 どうして私とボタだけ、お姉ちゃんが見えるかなあ。
 やっぱり、双子だから? それと、動物だから? うーん、分かんない。

「私、晩御飯まで宿題やるから。お姉ちゃんはボタと遊んでて」
『はーい。ボター、おいでー』
「ニャ~」

 トテトテとお姉ちゃんの回りを回るボタ。
 私が勉強や宿題をしてる時、お姉ちゃんはボタと遊ぶくらいしかやることがない。
 漫画を読もうにも実体がないから、触れることもできないものね。

 学校でも暇なのか、よく今日みたいにフラッとどこかに行っては、色んな情報を仕入れてくる。
 私以外の人と話すことができないお姉ちゃんにとって、仕入れた情報を私を通して伝えることで皆を驚かせるのが、マイブームみたい。

『そういえばさあ』
「何?」
『芹がテストを受けてるの見て思ったんだけど、二人で問題を解いたり、いっそ答えを盗み見たりしたら、かなり良い点が取れるんじゃないの?』

 それはそうかも。
 二人で答え合わせもできるし、姿の見えないお姉ちゃんがその気になれば、カンニングもし放題だものね。
 だけど。

「それはさすがに、止めておいた方がいいよ。抜き打ちテストを教えてもらうくらいなら良いけど、カンニングはちょっと」
『芹は真面目だねー。まああたしも、冗談で言ったんだけど』
「それにそれって、ものすごく罰当たりな幽霊の使い方な気がするじゃない。もしも神様が怒って、強制的に成仏させられたらどうするの?」
『げ、それはやだ』

 死んだお姉ちゃんがこうして化けて出てる事自体、奇跡みたいなもの。
 もし本当にそんな理由で成仏させられちゃったら、バカらしすぎるよ。

『となるとやっぱり、テストは芹に頑張ってもらうしかないか。楽しむのも苦労するのも、生きてる人の特権だもの。お姉ちゃんはそれを、見守っておくから』

 幽霊だってのに、悲しさなんてこれっぽっちも感じさせない顔で、ニカッと笑う。

 けど、本当に良いのかな。
 私だけが色んな事を経験して、楽しんでも。

 時々、私だけが生きていることに、罪悪感を抱くことがある。
 だってお姉ちゃんが死んだ時、私は──

『芹! せーり!』
「ひゃあ!? な、なに?」
『何じゃないよ。さっきからママがご飯だって呼んでるの、聞こえてなかった?』
「えっ? そ、そうだっけ?」

 いけない。ついボーッとしちゃってて、ちっとも気づいていなかったよ。
 結局少しも進まなかった宿題を止めて、部屋から出て行く。

 よし、私もごちゃごちゃ考えるのは止めて、お姉ちゃんの言う通り人生を楽しもう。
 きっとそれが私にできる、唯一の姉孝行なんだから。
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