別れが訪れるその日まで
5 あの時私は恋をした
紫苑君と初めて会ったのは、幼稚園の頃。
と言っても、会った時のことは覚えていないんだけどね。
気がつけば友達になっていて、家が近所だったから、私と奈沙お姉ちゃんと紫苑君はいつも一緒に遊んでいた。
そんな紫苑君の事を好きだと自覚したのは、小学2年生の時。
あの日の放課後、私はお姉ちゃんに付き合ってもらいながら、逆上がりの練習をしていた。
お姉ちゃんはとっくにできていたのに、私だけできないのが悔しくて。遅くまで残って、練習していたんだけど。
「おい見ろよ。芹のやつ、まだ逆上がりできないのか」
同級生の男子が3人、ニタニタと嫌な笑いを浮かべながらこっちに近づいてきた。
「逆上がりもできないなんて、ダセーよな」
「ねーちゃんの方はできるのな。同じ顔なのに、妹はダメダメだよな」
「はははっ、不良品だ不良品」
そんな言い方、ひどい。
すると私よりも先に、お姉ちゃんが怒り出した。
「ちょっとアンタ達、変なこと言うんじゃない!」
「なんだよ、本当の事じゃねーか」
「皆言ってるぞ。妹はポンコツで、お前は妹の良い所を全部盗った、酷いねーちゃんだってな」
「何をー! 芹、あんたも何か言い返してやりなさい!」
お姉ちゃんはそう言ったけど、私は悔しさで唇を噛むことしかできない。
「ほら見ろ、妹黙ってるじゃないか。言い返せないってことは、本当だってことだろ」
「あ・ん・た・らー! いい加減にしなさい!」
ま、まずい。
腕のシャツをまくり上げるお姉ちゃんに大慌て。
ど、どうしよう。お姉ちゃん本気で怒っちゃった。このままじゃ喧嘩になっちゃうよー!
するとその時。
「先生ー、こっちです。男子がよってたかって、奈沙ちゃんと芹ちゃんをいじめてまーす」
「は? やべえ、逃げろ!」
突然聞こえてきた声に驚いて、男子達が逃げて行く。
だけど次にやって来たのは先生じゃなくて、サラサラした髪の小柄な男の子。紫苑君だった。
「二人とも、大丈夫だった?」
「紫苑君。先生呼んだのって、紫苑君だったの?」
「呼んだふりだけどね。ああすればアイツら、逃げると思って」
そうだったんだ。ありがとう、おかげで助かったよ。
けど、お姉ちゃんはと言うと。
「もう、余計なことしてー。おかげでぶん殴り損ねたよ」
「うっ、それはゴメン」
「まったく、アイツら何なの? 芹は不良品なんかじゃないっての」
不良品、かあ。
忘れかけていた胸の痛みが、再び襲ってくる。
「もういいよ。悔しいけど、本当のことだもの。逆上がりだってまだできてない、ダメダメだもの」
「ちょっと、芹まで何バカなこと言ってるの?」
分かってる。私達はそっくりなのに、勉強も運動も、いつもお姉ちゃんの方が一歩前を進んでいて、私はいつも後追い。お姉ちゃんのオマケなんだって。
だけど。
「なら僕もダメダメ? 僕も逆上がりできないんだけど」
「あっ……」
そ、そうだった。紫苑君もまだ、逆上がりできなかったっけ。
彼は私と一緒で、運動は苦手なのだ。
「ち、違うの。紫苑君はダメなんかじゃなくて」
「なら芹ちゃんもそうでしょ。ねえ、僕も一緒に練習していい?」
「う、うん」
紫苑君を加えて、練習再開。
お姉ちゃんは後ろで、「二人とも頑張れー」って応援してくれている。
そして二人して鉄棒の前に立つと、紫苑君が小さく言ってきた。
「気づいてないかもしれないけど。芹ちゃんが奈沙ちゃんに勝ってる所、ちゃんとあるよ」
「えっ?」
「頑張り屋さんな所。芹ちゃんがいつも頑張ってること、ちゃんと知ってるから。僕は芹ちゃんのそんな所、好きだよ」
「──っ!?」
サラサラした髪を風で揺らしながら、まるで天使のように微笑む。
それを見た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
紫苑君の笑った顔は、幼稚園の時から何度も見てきたはずなのに、この時の笑顔は、なぜか特別なものに思えて。
彼の優しい笑顔に、私は恋をしたんだ。
と言っても、会った時のことは覚えていないんだけどね。
気がつけば友達になっていて、家が近所だったから、私と奈沙お姉ちゃんと紫苑君はいつも一緒に遊んでいた。
そんな紫苑君の事を好きだと自覚したのは、小学2年生の時。
あの日の放課後、私はお姉ちゃんに付き合ってもらいながら、逆上がりの練習をしていた。
お姉ちゃんはとっくにできていたのに、私だけできないのが悔しくて。遅くまで残って、練習していたんだけど。
「おい見ろよ。芹のやつ、まだ逆上がりできないのか」
同級生の男子が3人、ニタニタと嫌な笑いを浮かべながらこっちに近づいてきた。
「逆上がりもできないなんて、ダセーよな」
「ねーちゃんの方はできるのな。同じ顔なのに、妹はダメダメだよな」
「はははっ、不良品だ不良品」
そんな言い方、ひどい。
すると私よりも先に、お姉ちゃんが怒り出した。
「ちょっとアンタ達、変なこと言うんじゃない!」
「なんだよ、本当の事じゃねーか」
「皆言ってるぞ。妹はポンコツで、お前は妹の良い所を全部盗った、酷いねーちゃんだってな」
「何をー! 芹、あんたも何か言い返してやりなさい!」
お姉ちゃんはそう言ったけど、私は悔しさで唇を噛むことしかできない。
「ほら見ろ、妹黙ってるじゃないか。言い返せないってことは、本当だってことだろ」
「あ・ん・た・らー! いい加減にしなさい!」
ま、まずい。
腕のシャツをまくり上げるお姉ちゃんに大慌て。
ど、どうしよう。お姉ちゃん本気で怒っちゃった。このままじゃ喧嘩になっちゃうよー!
するとその時。
「先生ー、こっちです。男子がよってたかって、奈沙ちゃんと芹ちゃんをいじめてまーす」
「は? やべえ、逃げろ!」
突然聞こえてきた声に驚いて、男子達が逃げて行く。
だけど次にやって来たのは先生じゃなくて、サラサラした髪の小柄な男の子。紫苑君だった。
「二人とも、大丈夫だった?」
「紫苑君。先生呼んだのって、紫苑君だったの?」
「呼んだふりだけどね。ああすればアイツら、逃げると思って」
そうだったんだ。ありがとう、おかげで助かったよ。
けど、お姉ちゃんはと言うと。
「もう、余計なことしてー。おかげでぶん殴り損ねたよ」
「うっ、それはゴメン」
「まったく、アイツら何なの? 芹は不良品なんかじゃないっての」
不良品、かあ。
忘れかけていた胸の痛みが、再び襲ってくる。
「もういいよ。悔しいけど、本当のことだもの。逆上がりだってまだできてない、ダメダメだもの」
「ちょっと、芹まで何バカなこと言ってるの?」
分かってる。私達はそっくりなのに、勉強も運動も、いつもお姉ちゃんの方が一歩前を進んでいて、私はいつも後追い。お姉ちゃんのオマケなんだって。
だけど。
「なら僕もダメダメ? 僕も逆上がりできないんだけど」
「あっ……」
そ、そうだった。紫苑君もまだ、逆上がりできなかったっけ。
彼は私と一緒で、運動は苦手なのだ。
「ち、違うの。紫苑君はダメなんかじゃなくて」
「なら芹ちゃんもそうでしょ。ねえ、僕も一緒に練習していい?」
「う、うん」
紫苑君を加えて、練習再開。
お姉ちゃんは後ろで、「二人とも頑張れー」って応援してくれている。
そして二人して鉄棒の前に立つと、紫苑君が小さく言ってきた。
「気づいてないかもしれないけど。芹ちゃんが奈沙ちゃんに勝ってる所、ちゃんとあるよ」
「えっ?」
「頑張り屋さんな所。芹ちゃんがいつも頑張ってること、ちゃんと知ってるから。僕は芹ちゃんのそんな所、好きだよ」
「──っ!?」
サラサラした髪を風で揺らしながら、まるで天使のように微笑む。
それを見た瞬間、胸の奥で何かが弾けた。
紫苑君の笑った顔は、幼稚園の時から何度も見てきたはずなのに、この時の笑顔は、なぜか特別なものに思えて。
彼の優しい笑顔に、私は恋をしたんだ。