別れが訪れるその日まで
7 こんなことに言うつもりないのに!
放課後になって、しばらく図書室に寄った後に、学校を出る。
今日はビックリしたよ。いきなり紫苑君が転校してくるんだもの。
だけどせっかく戻ってきたのに、一言も話すことができなくて、お姉ちゃんはそれが不満な様子。
すぐ隣を歩きながら、プクっと頬を膨らませている。
『もう、芹のバカー。どうして声かけないかなー』
「だ、だって。他にも話したがってる人たくさんいたんだもの。迷惑かもしれないでしょ」
『気にしすぎだって。だいたい芹は、押しが足りないの。そんなだから……およ?』
「どうしたの、お姉ちゃん?」
お姉ちゃんは急に立ち止まって、つられて私も足を止める。
そこにあったのは、小ぢんまりとした公園。小さい頃、よく遊んだ場所だった。
そして、お姉ちゃんの視線の先にいたのは……。
「『紫苑君!?』」
声が重なる。
公園の真ん中にいたのはサラサラ髪の男の子、紫苑君だった。
彼はぼーっとした様子で公園の中を見ていたけど、私の声が聞こえたのか、こっちを振り返って……目を見開いた。
「……芹ちゃん? 芹ちゃんだよね?」
「紫苑……君?」
名前を呼ばれて、カッと頬が熱くなる。
実を言うと、学校で遠巻きで見ているだけだと、彼が帰ってきたという実感があまりなかった。
だけどこうして名前を呼ばれると本当に、帰ってきたんだって気持ちが溢れてくる。
紫苑君……本当に紫苑君だ。
ドキドキする気持ちを抑えていると、彼は歩み寄ってくる。
「芹ちゃん、久しぶり。僕のこと、覚えてる?」
「う、うん。私のこと、覚えてるよね?」
「もちろん」
まるで迷子の子供がお母さんに出会えたような、とても嬉しそうな笑顔の紫苑君。
もしかしたら私も、そんな顔をしてるのかもしれない。
お姉ちゃんも隣で『感動の再会だー』って言ってるけど、お願い黙って。
「帰ってきたんだよね。私、紫苑君と同じクラスなんだけど」
「うん、知ってる。教室で見かけて、一目で分かったよ」
「き、気づいてたの?」
きっとあの、目が合った時だ。けどそれじゃあ、どうしてスルーしたんだろう?
「本当はすぐに声をかけたかったんだけど、タイミング逃しちゃってた。芹ちゃんからの反応もなかったから、もしかして忘れられてるのかもって思ってたよ」
ええっ! そんな風に思われてたんだ!
『だから早く声かけなきゃって言ったじゃない。不安がらせてどうするの?』
ううっ。今回ばかりは、返す言葉がない。
それにしても。
しばらく会わない間に背が伸びて、見た目も少し変わってるけど、話した感じは前と変わらない。
昔はよくこの公園で遊んでたけど、あの頃のままだ。
「そういえば、どうしてここにいたの?」
「ちょっとね。学校帰りに通りかかって、つい懐かしくなったから。昔よく、芹ちゃんや奈沙ちゃんとここで……」
言いかけた紫苑君だったけど、「あっ」と声を漏らして、言葉を切った。
「ゴメン、奈沙ちゃんは……」
さっきまでの笑顔が消えて、顔に影が落ちる。
そうだ。紫苑君が転校して行ったのは、事故のすぐ後。
たぶん今、お姉ちゃんのことを思い出して、悲しんでいるんだと思う。
無理ないよね。私はお姉ちゃんの事が見えるけど、紫苑君にはそれができないんだもの。
それに紫苑君は、お姉ちゃんのことが……。
『二人ともー、何お通夜みたいな顔してるのー。久しぶりに会ったんだから、笑顔笑顔ー!』
沈んだ空気を盛り上げるように、お姉ちゃんが明るい声を出す。
お通夜みたいって、当たらずとも遠からずだよ。
紫苑君にも、お姉ちゃんが見えてたら良かったのに。
だけど目の前でニコニコ笑うお姉ちゃんに気づく様子もなく、まるで叱られた子犬みたいにしょんぼりしてる。
「ゴメン、辛いこと思い出させて」
「う、ううん。私は別に」
「ならいいけど……そうだ、今日は早く帰って、引っ越しの片付けを済ませなきゃならなかったんだ」
それが本当なのか、変な空気を誤魔化そうとしているのかはわからないけど、そう言われた以上追及することはできない。
「今日は、会えてよかったよ。それじゃあ、また明日学校で」
「うん……バイバイ」
昔やっていたみたいに、小さく手を振る。
変な所で話が終わっちゃったけど、仕方ない。
本当は、元気付けられたら良いんだけど、こういう時何をいったら良いか分からないよ。
『ねえねえ、このまま返しちゃって良いの? 芹、私は気にしてないって、紫苑君に言ってよー!』
「無茶言わないでよ」
実はお姉ちゃんは幽霊になって、ここにいるんだよって言えって?
そんなの下手したら、私がおかしいって思われちゃうよー。
だけどそうしている間にも、紫苑君は背を向けて歩き出す。
私だって本当は、何か言いたい。けど、どうしたらいいか。
ううっ、私ってば本当に意気地無しだ。
『あー、もう! 芹の代わりに、あたしが喋りたーい!』
お姉ちゃんはギャーギャー言いながら、ピタッとくっついてくる。
そりゃあそんなことができたら良いけど──んんっ!?
お姉ちゃんにくっつかれた瞬間、不意に全身の力がガクンと抜けた。
な、何これ? 体の自由がきかない。
ふにゃりと力が抜けたかと思うと、今度はまるで金縛りにあったように、指一本動かせなくなった。
いったい、何が起きたの?
そして何とか目だけを動かしてみたけど、さっきまでいたはずのお姉ちゃんの姿が、何故か見えなかった。
お姉ちゃん、いったいどこへ? まさか、いきなり成仏しちゃったわけじゃないよね?
自由の効かない体に、突然消えちゃったお姉ちゃん。訳がわからずにパニックになりそうだったけど。その時口が……口が勝手に動いた。
「紫苑君!」
そんなつもりはなかったのに、口が勝手に名前を呼ぶ。
「芹ちゃん?」
紫苑君が立ち止まって振り返ったけど、違う。私が言ったんじゃないから!
だけど口は、構わず動き続ける。
「奈沙お姉ちゃんのこと、気にしなくていいから! お姉ちゃんなら絶対、いつまでもウジウジするなって言うはずだものー! 私が保証するよー!」
普段の私ならまず出さないような大きな声に紫苑君は、そして私自身もビックリ。
だけど紫苑君の方はすぐに、スッキリしたような顔になった。
「ふふっ。はははっ。そうだね。奈沙ちゃんなら、きっとそう言うよね」
「そーそー。さすが紫苑君、分かってるー! そうだ、今度またうちに遊びに来ない?」
「え?」
ええーっ!?
勝手にバクバク喋る口は、とんでもないことを言い出した。
遊びに来ないって。紫苑君は、だ、だだだ、男子だよ!
そりゃあ昔はよく、お互いの家を行き来してたけど、今招待するってなると、何だか恥ずかしい。
紫苑君だって、きっと困ってるに違いない。と思ったら。
「まあ……芹ちゃんが、良いって言うなら」
OKしちゃった⁉
やっぱり紫苑君もどこか恥ずかしいのか、顔を伏せて照れた様子。
その姿はとっても可愛いけど、私の意思は!?
「それじゃあ今度、お邪魔させてもらっても良いかな。奈沙ちゃんに、線香もあげたいし」
「どうぞどうぞ。そうだ、シュークリームをお供えしたら、お姉ちゃんきっと喜ぶよ」
「奈沙ちゃんの大好物だったものね。分かった、たくさん買って行くよ」
勝手に動く口は勝手に約束を取り付けて、今度こそ紫苑君と別れる。
さっきとは打って変わって、何だか楽しげな後ろ姿。
それはまあ、良かったんだけどさあ。
後に残されたのは、言うつもりの無い事ベラベラ喋ってしまって、混乱する私。それと……。
『いやー、まさか芹の口を借りて喋れるなんて。ビックリだよ』
聞こえてきた声に驚いて隣を見ると、いつの間にいたのか。そこにはさっきまでいなくなっていた、お姉ちゃんの姿が。
お姉ちゃん、帰ってきたんだ。
安心してホッと息をつくと、体の自由が戻っている事に気がついた。
ねえ、これっておかしくない? いったい、さっきの現象は何だったの?
急に自由の効かなくなった体。勝手に動いて、ベラベラ喋ってしまった口。そして気になるのは、その口が図々しくシュークリームをおねだりしていたこと。
私はあんな風におねだりができる人の事をよーく知っていて、隣にいるその人を、ジロリとにらむ。
「……お姉ちゃん」
『なあに? って、そんな怖い顔しないでよ』
「どういうことか、説明してもらえるかなあ?」
『わ、分かった。帰ったらちゃんと話すから、ね』
珍しくうろたえる姿を見て、確信する。
やっぱりさっきのあれは、お姉ちゃんの仕業だ。
今日はビックリしたよ。いきなり紫苑君が転校してくるんだもの。
だけどせっかく戻ってきたのに、一言も話すことができなくて、お姉ちゃんはそれが不満な様子。
すぐ隣を歩きながら、プクっと頬を膨らませている。
『もう、芹のバカー。どうして声かけないかなー』
「だ、だって。他にも話したがってる人たくさんいたんだもの。迷惑かもしれないでしょ」
『気にしすぎだって。だいたい芹は、押しが足りないの。そんなだから……およ?』
「どうしたの、お姉ちゃん?」
お姉ちゃんは急に立ち止まって、つられて私も足を止める。
そこにあったのは、小ぢんまりとした公園。小さい頃、よく遊んだ場所だった。
そして、お姉ちゃんの視線の先にいたのは……。
「『紫苑君!?』」
声が重なる。
公園の真ん中にいたのはサラサラ髪の男の子、紫苑君だった。
彼はぼーっとした様子で公園の中を見ていたけど、私の声が聞こえたのか、こっちを振り返って……目を見開いた。
「……芹ちゃん? 芹ちゃんだよね?」
「紫苑……君?」
名前を呼ばれて、カッと頬が熱くなる。
実を言うと、学校で遠巻きで見ているだけだと、彼が帰ってきたという実感があまりなかった。
だけどこうして名前を呼ばれると本当に、帰ってきたんだって気持ちが溢れてくる。
紫苑君……本当に紫苑君だ。
ドキドキする気持ちを抑えていると、彼は歩み寄ってくる。
「芹ちゃん、久しぶり。僕のこと、覚えてる?」
「う、うん。私のこと、覚えてるよね?」
「もちろん」
まるで迷子の子供がお母さんに出会えたような、とても嬉しそうな笑顔の紫苑君。
もしかしたら私も、そんな顔をしてるのかもしれない。
お姉ちゃんも隣で『感動の再会だー』って言ってるけど、お願い黙って。
「帰ってきたんだよね。私、紫苑君と同じクラスなんだけど」
「うん、知ってる。教室で見かけて、一目で分かったよ」
「き、気づいてたの?」
きっとあの、目が合った時だ。けどそれじゃあ、どうしてスルーしたんだろう?
「本当はすぐに声をかけたかったんだけど、タイミング逃しちゃってた。芹ちゃんからの反応もなかったから、もしかして忘れられてるのかもって思ってたよ」
ええっ! そんな風に思われてたんだ!
『だから早く声かけなきゃって言ったじゃない。不安がらせてどうするの?』
ううっ。今回ばかりは、返す言葉がない。
それにしても。
しばらく会わない間に背が伸びて、見た目も少し変わってるけど、話した感じは前と変わらない。
昔はよくこの公園で遊んでたけど、あの頃のままだ。
「そういえば、どうしてここにいたの?」
「ちょっとね。学校帰りに通りかかって、つい懐かしくなったから。昔よく、芹ちゃんや奈沙ちゃんとここで……」
言いかけた紫苑君だったけど、「あっ」と声を漏らして、言葉を切った。
「ゴメン、奈沙ちゃんは……」
さっきまでの笑顔が消えて、顔に影が落ちる。
そうだ。紫苑君が転校して行ったのは、事故のすぐ後。
たぶん今、お姉ちゃんのことを思い出して、悲しんでいるんだと思う。
無理ないよね。私はお姉ちゃんの事が見えるけど、紫苑君にはそれができないんだもの。
それに紫苑君は、お姉ちゃんのことが……。
『二人ともー、何お通夜みたいな顔してるのー。久しぶりに会ったんだから、笑顔笑顔ー!』
沈んだ空気を盛り上げるように、お姉ちゃんが明るい声を出す。
お通夜みたいって、当たらずとも遠からずだよ。
紫苑君にも、お姉ちゃんが見えてたら良かったのに。
だけど目の前でニコニコ笑うお姉ちゃんに気づく様子もなく、まるで叱られた子犬みたいにしょんぼりしてる。
「ゴメン、辛いこと思い出させて」
「う、ううん。私は別に」
「ならいいけど……そうだ、今日は早く帰って、引っ越しの片付けを済ませなきゃならなかったんだ」
それが本当なのか、変な空気を誤魔化そうとしているのかはわからないけど、そう言われた以上追及することはできない。
「今日は、会えてよかったよ。それじゃあ、また明日学校で」
「うん……バイバイ」
昔やっていたみたいに、小さく手を振る。
変な所で話が終わっちゃったけど、仕方ない。
本当は、元気付けられたら良いんだけど、こういう時何をいったら良いか分からないよ。
『ねえねえ、このまま返しちゃって良いの? 芹、私は気にしてないって、紫苑君に言ってよー!』
「無茶言わないでよ」
実はお姉ちゃんは幽霊になって、ここにいるんだよって言えって?
そんなの下手したら、私がおかしいって思われちゃうよー。
だけどそうしている間にも、紫苑君は背を向けて歩き出す。
私だって本当は、何か言いたい。けど、どうしたらいいか。
ううっ、私ってば本当に意気地無しだ。
『あー、もう! 芹の代わりに、あたしが喋りたーい!』
お姉ちゃんはギャーギャー言いながら、ピタッとくっついてくる。
そりゃあそんなことができたら良いけど──んんっ!?
お姉ちゃんにくっつかれた瞬間、不意に全身の力がガクンと抜けた。
な、何これ? 体の自由がきかない。
ふにゃりと力が抜けたかと思うと、今度はまるで金縛りにあったように、指一本動かせなくなった。
いったい、何が起きたの?
そして何とか目だけを動かしてみたけど、さっきまでいたはずのお姉ちゃんの姿が、何故か見えなかった。
お姉ちゃん、いったいどこへ? まさか、いきなり成仏しちゃったわけじゃないよね?
自由の効かない体に、突然消えちゃったお姉ちゃん。訳がわからずにパニックになりそうだったけど。その時口が……口が勝手に動いた。
「紫苑君!」
そんなつもりはなかったのに、口が勝手に名前を呼ぶ。
「芹ちゃん?」
紫苑君が立ち止まって振り返ったけど、違う。私が言ったんじゃないから!
だけど口は、構わず動き続ける。
「奈沙お姉ちゃんのこと、気にしなくていいから! お姉ちゃんなら絶対、いつまでもウジウジするなって言うはずだものー! 私が保証するよー!」
普段の私ならまず出さないような大きな声に紫苑君は、そして私自身もビックリ。
だけど紫苑君の方はすぐに、スッキリしたような顔になった。
「ふふっ。はははっ。そうだね。奈沙ちゃんなら、きっとそう言うよね」
「そーそー。さすが紫苑君、分かってるー! そうだ、今度またうちに遊びに来ない?」
「え?」
ええーっ!?
勝手にバクバク喋る口は、とんでもないことを言い出した。
遊びに来ないって。紫苑君は、だ、だだだ、男子だよ!
そりゃあ昔はよく、お互いの家を行き来してたけど、今招待するってなると、何だか恥ずかしい。
紫苑君だって、きっと困ってるに違いない。と思ったら。
「まあ……芹ちゃんが、良いって言うなら」
OKしちゃった⁉
やっぱり紫苑君もどこか恥ずかしいのか、顔を伏せて照れた様子。
その姿はとっても可愛いけど、私の意思は!?
「それじゃあ今度、お邪魔させてもらっても良いかな。奈沙ちゃんに、線香もあげたいし」
「どうぞどうぞ。そうだ、シュークリームをお供えしたら、お姉ちゃんきっと喜ぶよ」
「奈沙ちゃんの大好物だったものね。分かった、たくさん買って行くよ」
勝手に動く口は勝手に約束を取り付けて、今度こそ紫苑君と別れる。
さっきとは打って変わって、何だか楽しげな後ろ姿。
それはまあ、良かったんだけどさあ。
後に残されたのは、言うつもりの無い事ベラベラ喋ってしまって、混乱する私。それと……。
『いやー、まさか芹の口を借りて喋れるなんて。ビックリだよ』
聞こえてきた声に驚いて隣を見ると、いつの間にいたのか。そこにはさっきまでいなくなっていた、お姉ちゃんの姿が。
お姉ちゃん、帰ってきたんだ。
安心してホッと息をつくと、体の自由が戻っている事に気がついた。
ねえ、これっておかしくない? いったい、さっきの現象は何だったの?
急に自由の効かなくなった体。勝手に動いて、ベラベラ喋ってしまった口。そして気になるのは、その口が図々しくシュークリームをおねだりしていたこと。
私はあんな風におねだりができる人の事をよーく知っていて、隣にいるその人を、ジロリとにらむ。
「……お姉ちゃん」
『なあに? って、そんな怖い顔しないでよ』
「どういうことか、説明してもらえるかなあ?」
『わ、分かった。帰ったらちゃんと話すから、ね』
珍しくうろたえる姿を見て、確信する。
やっぱりさっきのあれは、お姉ちゃんの仕業だ。