怪奇集め その手をつないでいられるうちにできること

怪奇集め2

「あんた、呪いの病にかかっているね。怪奇を集めると呪いの病は消滅するんだ」
 偶然通りかかった散歩をしている老婆が話しかけてきた。
 魔女のような雰囲気を醸し出す。
 なんで、見ただけでわかるのだろう。私だって病気のことは半信半疑なのに。

「怪奇集めって知ってるかい? これをやって原因不明の病気を完治する方法を見つけたのがあたしだよ」

「私、スピリチュアルなこと、嫌いなタイプなんですよ。医学は信じますけど」
 苦笑いをする。

「実際、あたしの好きだった人も若い時に何かに取り憑かれたみたいに潔癖症で人嫌いになったのよ。記憶も薄れるし、病気の原因はわからないし、医者もさじを投げた」

「でも、怪奇現象なんて、馬鹿げてるって。どっちかというと医学分野じゃないのか」
 凛空も答える。

「でも、医学じゃ解決できないんだよ。精神的なものでもない。そんな病にかかっているんだろ。ならば、怪奇集めをやってみればきっとあんたは助かるよ」
 魔女のような不思議なオーラを持つ老婆は無表情でアドバイスをする。

「怪奇集めってなんだよ。そもそも、呪いや怪奇現象って解くもので、集めるものじゃないだろ。集めてどうするって感じだよ。不気味過ぎるって」

「怪奇集めは、心霊スポットに行ったり、実際にいった人の話を聞いて、記憶をもらう取引さ。すると、相手は怪奇体験を忘れる。そして、あんたは病が治る。ただし、相手は怪奇体験の記憶を失うんだ。もちろん、一度や二度取引しただけじゃ病は治らないよ。色々な人から聞くことが必要だ。確かなことは、自分に課せられた対人嫌悪症という病は怪奇集めで完治するのさ。私はこの先の洋館に住んでいるから、何か聞きたいことがあればいつでもおいで。この病は非常に稀だからね」

 この先の洋館は子供の頃から不気味で近づきたくないといつも思っている建物だった。魔女が住んでいると聞いたことはあったが、対面したのは初めてだった。

「でも、怪奇現象を体験した人なんてそうそういるわけじゃないだろ。それに、相手の怪奇体験の記憶を奪うなんて行為は勘弁だ。記憶を奪ったら困るんじゃないか」

「奪うって言ってもほんの一部だから、日常生活に影響あるほどのものではないよ。そこは安心しな。オカルト系の掲示板や体験談はネット上に結構あるじゃないか。体験者に連絡を取ることは昔に比べたら簡単じゃないかい。まぁ怪奇スポットで直接怪奇と対峙するのもありだよ」
 へっへっへっと不気味な笑みを浮かべる。やはり魔女だ。

「めちゃめちゃ危険だろ。俺、ヘタレだし、超怖がりだぞ。腰ぬかすわ」
 凛空のヘタレ男気質は健在だ。

「でも、どんどん自分が自分じゃなくなる方が怖くないかい? 怪奇を集めることで自分に集まる悪いことをなくすのさ。あたしだって、若い時は怖いことは大の苦手だったよ。今でこそ、魔女だとか噂をたてられているけれど、こう見えて育ちはいいんだよ。だから、大きな館に住んでるのさ。婚歴なしの独身だけどね」

「あんた何者だ? って何をすりゃいいんだよ。って俺怖いし」

「やってみようよ。私がいるから大丈夫。だって、今のあんたがいない世界のほうがずっと怖いもん」

 思った以上に大きな声が出た。一瞬目が合うとドキリとする。こんなヘタレ男のどこを好きになったのだろうか。でも、そういうのは理屈じゃない。

「私は阿久津芳江《あくつよしえ》という。じゃあ早速、この町で有名な心霊スポットで怪奇を集めてみればいい。色んな理由でこの世界にとどまっている怪奇に触れた者と接触してみるんだよ」
 不気味に笑う老婆。

「怪奇ってどうやって集めるんだよ?」

「怪奇体験を聞き、記憶をいただくと病が快方に向かう。その証に相手は怪奇魂《かいきだま》を渡してくれるのさ。でも、危険な幽霊や怨念が強い者と関わる場合は要注意だよ」

「まじかよ。俺たちは妖怪退治をするスキルもないし、俺自体が武闘派じゃないから負け確定だな」

「危険な者ばかりじゃないよ。そして、怪奇となる者は普通の人間の格好をしている。街中ですれ違うこともよくあるんだ。死んだことに自身が気づいていないとか、死んだことを認めたくない者は結構いるのさ。そういう元人間ははっきり言って、大した能力もないし、腕がたつ者も少ない。よくあるだろう。怪村とか存在しない駅とか。そういう都市伝説に接すると高確率で発症が遅れるし、完治することが多いんだ。まぁ、とりあえずは体験者の話を聞くことが一番安全だと思うよ。自分で体験するにはリスクが高い。でも、まずはここだよ踏切にいって知らず駅と接触するべきだと思ってるよ。あたしは、この研究の第一人者で本も出している。良かったら、うちに来てみるかい? あたしの出版した本をあんたにあげるよ。ちなみにあたし、T大学の教授もやってるんだよ。専門はもちろん対人嫌悪症さ」

 一瞬霊感商法とか悪だくみに巻き込まれるのではないかと思ったけれど、聞いたこともない不気味な病気に侵されるというリスクを考えたら、研究しているという人間の意見を聞くことは有効な手段と私たちは思っていた。それに、あのT大学の教授だという肩書は安心感を得るには充分な要素だった。そんなことはお互いに声に出さなくとも通じ合っていたと思う。私たちは愛し合っているのだから。

 早速、偶然なのかわからないが専門が対人嫌悪症の教授が住んでいる洋館に向かうこととなった。

「あたしもね。昔、好きな男がいたんだ。でも、その人は、対人嫌悪症とよばれる呪いの病で死んでしまった。だから、今でも生涯独身さ。愛を貫くのも悪くない」

 この人が歳よりも老けて見えたり、苦労がにじみ出ているせいで魔女なんてあだ名がついてしまったのかもしれないと同情さえしてしまった。もしかしたら、独特な服装の魔女らしい雰囲気のせいかもしれない。

 私も、大事な人を失ったら、末路は見えている。きっと人生楽しめないだろう。

「ここが我が家だ」
 オートで重い門が開く。きっと若き日はお嬢様で、美人だったのだろう。
 でも、好きな人の呪いの病のせいで、歳よりも苦労がにじみ出た顔になり、どことなく哀愁が漂う女性となったのだろう。

「一人で暮らしているのですか?」

「親も死んだし、兄弟もいない。使用人はいるけれど、一人暮らしは気楽だよ」

 魔女と呼ばれている阿久津教授はよく見ると、上品な洋服を身に着けており、歩き方やたたずまいが全て品がいいことに気づく。教授をやっているくらいならば相当頭も切れるタイプだろう。

「呪いを集めることで、あんたたちの愛は確実に深まり、病気も完治する。こんなめでたいことはないだろ」

 部屋に案内され、ソファーに座るよう促される。紅茶を入れて持ってきてくれた。

「この町には通称ここだよ踏切があるだろ。あそこには4時44分に異空間が生まれるらしい。その時、別な都市伝説の駅に通じる。駅に行くには、線路にいる何者かに怪奇魂《かいきだま》の取引を告げるんだ。その何者かが条件を出して来る。その条件をクリアすれば病気の発症を遅らせることができると言われている。都市伝説の駅に行くには、まずはここだよと叫ぶ何者かと接触して交渉しないとだめらしい。あたしは、若い時に駅に行ったことはあるけど、その前に結局好きな相手が死んでしまってね。それ以上、取引の成立は難しかったんだ」

「どうせ怖いおじさんが駅にいて、閉じ込められちゃうとかいうオチですよね」

「いや、そんなことはないよ。怪奇というものは実は青春に飢えているんだ。だから、愛とか恋とかそういう青い部分にとても弱いのさ。愛があれば、病気なんて克服できるのさ。まぁ、私は当時知識がなくて、恋人を助けられなかったけどね。私の書籍、あんたたちにあげるよ」

 その書籍の筆者の紹介にはたしかに、この女性がT大学の教授であり、学者としての経歴があることを証明していた。魔女じゃなく、ちゃんとした人間だということがわかっただけでも緊張感は解けたような気がする。普通に噂通りならば、怪しい魔女という認識でしかなかった。でも、今日、ここで会えたのは偶然のラッキーだったのだろうか。

 それとも縁という名の必然――?
 私たちは見えない何かにいざなわれているのかもしれない。

「まずはここだよ踏切に行ってみな。ここらでは有名な心霊スポットと言われている。そこでの取引がまず最初に必要になるだろうよ」

 紅茶はストレートのダージリンで、ミルクと砂糖をたっぷり好きなだけいれていいとかわいらしい入れ物に入れて持ってきてくれた。案外女子力が高いのかもしれない。

 ふと見ると、写真立てに若き日の阿久津教授の写真が飾られていた。横にいるのは好きだった男性だろうか。優しい顔をしている男性だ。時代は変わっても恋愛感情というものはきっといつの時代もかわらないのだろう。美しい若き日の教授はレースに飾られたワンピースがとても似合っていた。横にいる男性は端正な顔立ちで、お似合いのカップルだ。この人が今も独身を貫いているのは、きっとこの人以上の人間に出会えなかったからかもしれない。そんなに好きになれる人に一生に一度でも出会えたことはきっとラッキーなのかもしれない。私たちは阿久津教授くらいの年齢になったらどうなっているのか想像もつかない。

 でも、視点を変えるとそれ以上の人に出会えなかったわけだから、不幸せともいえるのかもしれない。でも、幸せの価値観は人それぞれだ。

 少しばかり色あせた写真は彼女の宝物。
 教授にとっての彼は、私にとっての凛空と同じ大切な人なんだ。
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