幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
 次の日の朝。
 千代が部屋に運んでくれた朝食を食べていると、瑛が顔を出した。

 「朱里、具合はどうだ?」
 「うん。だいぶ良くなったよ。普通にしてたら痛みもないし、ゆっくり歩けば平気」

 瑛はベッドに座る朱里の前に跪き、そっと足首を触る。

 テーピングテープを外して腫れ具合を確かめると、新しい湿布に取り替えてまたテーピングをする。

 「昨日よりは腫れも引いてるな。でももし痛みが強くなってきたら、すぐにおふくろに言えよ。主治医に往診に来てもらうから」
 「分かった。ありがとう!お仕事休んじゃってごめんね」
 「気にするな。ゆっくり休めよ」
 「うん。行ってらっしゃい」

 瑛が出かけると、朱里もパソコンを開いてメールをチェックする。

 何件か届いている中に、東条からのメールもあった。

 夕べ話したマネージャーの件、本気で頼みたい。良い返事を期待している、という内容だった。

 うーん…と朱里は腕を組んで考え込む。

 初めて東条に会った時、憧れのマエストロに会えたと舞い上がっていたっけ。

 サインをもらって嬉しくて、綺麗な額に入れて部屋の壁に大切に飾った。

 だが今は、そんな気持ちとは違っている。

 (どうしてだろう。もしあの頃に声をかけられていたら、私はマネージャーを喜んで引き受けたのかもしれないのに)

 そんなことを思いながら、他のメールもチェックした。

 (あれ?長島さんからだ)

 兵庫でのコンサートを懐かしく思いながらメールを開く。

 読んでいるうちに、朱里は興奮して思わず頬を押さえた。

 そこには、かのコンサートが地元の新聞で大きく取り上げられたこと、インターネットでも次々と拡散され、広く賞賛の声が町役場に届いたこと、そして、取り壊される予定の市民会館を、なんとか残せないか?と議論されたことが書かれていた。

 コンサートの動画と共にクラウドファンディングを募ったところ、あっという間に目標額に達し、市民会館は取り壊しではなく、耐震工事をして今後も残すことになったと綴られていた。

 「嘘!本当に?凄い!」

 朱里は飛び上がりたくなるのを堪えて、添付されている動画を開く。

 「瑛さーん!朱里さーん!」

 あの女の子達が笑顔で手を振っている。

 「お二人のおかげで、市民会館は残すことになりました!本当にありがとうございます!先日のコンサートは楽しくて、まるで夢のような1日でした。またいつか、市民会館でコンサートが出来ればいいなと思っています。お二人も、いつでも遊びに来てくださいね!」

 最後に声を揃えて、待ってまーす!と手を振る皆に、朱里も思わず手を振る。

 「良かった、本当に良かったなあ」

 コンサートでの、彼女達の演奏を思い出す。

 故郷を大切にし、ここで生まれ育ったことを誇りに思い、心を込めて演奏していた姿。

 (なんて素敵な瞬間を共有出来たのだろう。あのコンサートは、きっとあの子達の大きな財産になったのだろうな)

 そのお手伝いが出来たことを、朱里も誇らしく思う。

 そして、ふと思った。
 自分がやりたいことはこれだ、と。

 こんなふうに音楽を通して、誰かの何かを手伝っていきたい。

 音楽で人と人とを繋ぎ、心を通わせ、明るい幸せの輪を広げられたら…

 それはきっと、次の世代の子ども達にも伝わっていく。

 自分はそんなお手伝いをしていきたい。

 朱里は自分の心に湧き上がってくる想いに、大きく頷いて決心した。
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