幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
 「んー、家で弾くのも久しぶりだな」

 帰宅してから、朱里は早速ミーティングで候補に挙がった曲をおさらいする。

 それぞれどれがいいか考えて、明日の練習でプログラムを決めることになっていた。

 譜面台に楽譜を載せ、楽器を用意すると、最後に部屋の窓を閉めた。

 ヴァイオリンと言ってもかなりの音量だ。
 隣の桐生家にも多少は聞こえてしまうだろう。

 もちろん、桐生家からうるさいと言われることはなかったが、それでも最低限の気配りとして、ヴァイオリンを弾く時は必ず窓は閉めていた。

 朱里は立ったまま左肩にヴァイオリンを載せ、チューニングしてから軽く音階を弾く。

 一旦楽器を下ろし、譜面台に置いた楽譜をめくる。

 (んー、まずはこれからいこう)

 エルガーの『愛の挨拶』の楽譜を置くと、朱里は肩幅に足を開いて姿勢を正す。

 ふうと息を吐いてから楽器を構え、歌い出すように弦を響かせた。

 エルガーが、周囲の反対を押し切って自分と結婚してくれた妻アリスに捧げた愛の曲。

 どこまでも甘く優しく幸せなこの曲は、弾いているだけでもうっとりとしてしまう。
 
 弾き終えてから、朱里は思わず息をついた。

 (素敵だなあ、こんなに愛されるなんて。でも、身分や年の差も気にせずにエルガーと結婚したアリスが、それだけ素敵な女性だったんだろうな)

 エルガーに「私の作品を愛するのなら、まず妻のアリスに感謝すべきだ」とまで言わしめた女性。

 ぽーっと頬を押さえて二人のラブストーリーに想いを馳せていると、なんだか妙に暑いことに気づいた。

 (ラブラブの熱さじゃなくて、部屋の暑さか。暑い!)
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