幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
 「あの、瑛さん」
 「はい」
 「このヴァイオリンの音色、もっと聴きたいです。あの方にお願い出来ますでしょうか?窓を開けて弾いていただけないかと」
 「あ、はい。分かりました」

 瑛は塀に近づくと、いつものように声をかけた。

 「おーい、朱里ー!」

 ピタリと音が止み、2階の窓が開く。

 「なーに?ごめん、うるさかった?」
 「いや違う。彼女が、窓を開けて弾いてくれないかって」
 「は?」

 朱里が瑛の背後にいる聖美を見ると、聖美は丁寧にお辞儀をする。

 慌てて朱里も頭を下げた。

 「不躾に申し訳ありません。とても素敵な演奏で感激してしまって…。もう少し聴かせていただけませんか?」
 「え?!あの、そんな。下手くそでお耳汚しでは?」
 「とんでもない!うっとりしてしまいましたわ。大好きな曲だったんです。本当に素敵でした」

 それを聞いて朱里はにっこりと微笑んだ。

 「ありがとうございます。私の演奏でよろしければ。次は何を弾きましょうか?」
 「お任せしますわ。何の曲か、それも楽しみですし」
 「かしこまりました」

 頷いた朱里は、少し考え込む。
 瑛は聖美に、どうぞそちらへと、テラスのベンチを勧めた。

 二人が座ると、朱里は少し目を閉じてからゆっくりと深呼吸し、楽器を構えた。

 すっと弓を動かすと、まろやかで美しい音色が響き出す。
 聖美がはっとしたように口元に手をやるのが見えた。

 先程、窓越しに聞こえてきた音色とは明らかに違う。

 空気を伝い、直に響いてくる音色。
 心が浄化され、暖かく包み込まれるような美しい響き。

 いつの間にか、菊川と母も後ろに来ていた。
 言葉も忘れ、皆で朱里の演奏に聴き入る。

 聖美は目に涙を浮かべながら、両手を胸の前で組み、祈るように聴いていた。

 やがて長く最後の音が響き、風に溶けて消えていく。

 聖美は立ち上がり、泣き笑いの表情で朱里に大きな拍手を送る。

 瑛も、母も菊川も。
 皆で朱里を称える拍手を送った。

 朱里は照れ笑いを浮かべながらお辞儀をする。

 「お嬢様のお気に召しましたでしょうか?『タイスの瞑想曲』は」
 「ええ、これも大好きな曲ですわ。ありがとうございました」
 「こちらこそ。聴いていただき、ありがとうございました」

 朱里は聖美と微笑み合う。
 が、急に我に返って両手で頬を押さえた。

 「やだー、もう!おば様や菊川さんまで、いつの間に?しかもこんな、窓からこんにちはって状態で。もう、本当にごめんなさい」

 あはは!と皆は笑い出す。

 「朱里ちゃーん!素敵だったわよー」
 「ええ。屋根の上のヴァイオリン弾きって感じですね」
 「あら、ほんと。まさにそれね!」

 朱里もつられて笑い出す。
 その場の皆が、笑顔で顔を見合わせていた。
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