幸せの見つけ方〜幼馴染は御曹司〜
 家に帰ってからも、朱里は何度も『愛の夢』をさらっていた。

 奏やみんなに言われたことは、分かっているのに表現出来ない。

 (どうしよう…。演奏会は来月なのに)

 朱里はため息をつくと、気持ちを入れ替えようと窓を開けた。

 美しい満月が、朱里の部屋にも綺麗な光を届けてくれる。

 (なんて素敵な月の光なの。神秘的で心が洗われるよう…)

 部屋の電気を消し、しばらく窓の外を見ていると、ふいに向かい側の部屋の窓が開いた。

 「朱里さん、こんばんは」
 「菊川さん!あ、もしかしてまた?」
 「はい、耳を傾けておりました」

 ふふっと菊川は笑う。

 「今回も美しい曲ですね」
 「ええ、でも…。今の私には弾きこなせません」

 朱里がうつむくと、菊川はふと真剣な表情になる。

 「…朱里さんは、悩んでいるのですか?」
 「え?ああ、そうですね。どうやって弾けばいいのかと…」
 「誰を想って弾けばいいのか…ではなくて?」

 え…、と朱里は視線を上げて菊川を見る。

 「先程の朱里さんの演奏は、とても迷っているようでした。誰かに聴いて欲しい、でも誰に向けて弾けばいいのかと。自分の感情を持て余しているようにも感じました」

 朱里は菊川の言葉にじっと耳を傾ける。

 「朱里さん自身が自分の気持ちに気づき、この想いをこの人に届けたいと思って演奏されるヴァイオリンを、私はいつか聴いてみたいです」
 「私の気持ちを、誰かに…?」

 呟く朱里に菊川が頷く。

 「はい。朱里さんの演奏なら、言葉に出来ない想いもきっと相手に届くでしょう」

 朱里はじっと考え込む。
 そして、菊川が以前似たようなことを話していたのを思い出した。

 (何の話だったっけ?自分自身の正直な気持ちに気づけなければ、本当の幸せは手に入らないって)

 あれは確か…そう!瑛の話だった。

 瑛と同じように、自分も正直な気持ちと向き合っていないのだろうか。

 そんな事はない。
 私はいつだって自分の気持ちを押し殺したりしていない。
 どんな感情も、素直に相手に伝えてきたはず。

 …それならどうしてこんなにも、この曲をどう弾こうかと悩んでいるのか?

 「朱里さん」

 悩む朱里に菊川が声をかける。

 「大人になればなる程、物事を難しく考えてしまいます。幼い頃の朱里さんは、とても真っ直ぐで素直な心の持ち主でしたよ」
 「幼い頃の、私?」
 「はい。あなたは真っ直ぐに相手を見つめて、大好き!と笑っていました」

 え?と朱里は首をかしげる。
 いったいどの時の事だろう?

 「きっとまだ、あなたはあの時の気持ちを持ち続けていると私は思います。それでは、おやすみなさい」

 そう言って菊川は窓を閉めた。
 朱里はしばらく立ち尽くし、何度も菊川の言葉を思い返していた。
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