Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
 子どもが小さいうちは在宅で出来る仕事をと考えていた。昔から得意だったハンドメイドのアクセサリーを販売して、少しでも家計の足しにすることを考えたが、現実はそれほど甘くはない。

 そのため浜辺で拾ってきたシーグラスを集めて販売したりところ、驚くほど売り上げが上がり、そちらの方が主な収入源となっていた。

 そしてその時に六花は思いがけない出会いをすることになる。

 まだ妊娠中だった六花は、一人で浜辺にいた。シーグラスを探しながら、浜辺で遊ぶ親子連れを見つけて胸が苦しくなった。

 本当はこういう姿が理想なんだろうなぁ……でも私はその未来を選択しなかった。一人でもこの子を目一杯愛してあげると決めたじゃない。

 徐々に親子との距離が近付く。思わず顔を背けたときだった。

「阿坂さん?」

 突然名前を呼ばれた六花は驚いたように顔を上げる。一歳ほどの男の子を抱いていた男性が、六花に向かってそう尋ねたのだ。

 優し気な笑顔と切長の瞳。どこか中性的な魅力を放ったその人を六花ははっきりと覚えていた。

「も、もしかして由利(ゆり)先輩⁈」
「あぁ、やっぱり阿坂さんだ。似てる人がいるなぁって遠目にちょっと思ってたんだよね」

 すると彼の隣にいた女性が彼の腕をつつく。そして男の子を受け取ると、六花に一礼をして来た道を戻っていった。

「あの……もしかして奥様ですか?」
「うん、そう。天気が良かったからちょっと遊びに来てたんだ」

 由利(かける)は六花の大学時代の先輩だった。どこかの社長の御曹司で、見た目も性格も良いと女性に人気があった。彼は誰でも分け隔てなく優しいのだが、不思議と特定の女性を作ることはなかった。

 翔と六花はフランス産ワインを研究するというサークルの先輩後輩だった。六花は彼のワインに対する知識量に感銘を受け、ワインに関するいろいろな話を聞くのが楽しかった。

「遊びにということは、こちらにお住まいなんですか?」
「実は高台にある農園レストランと結婚式場をうちが経営してるんだ。だからしっかり地元だね」
「えっ、あのレストランって先輩のお店だったんですか⁉︎ 知らなかった……」
「もしかして来店してくれた?」
「何回も! とても美味しかったです」
「本当? 嬉しいなぁ」

 そこまで話してから、翔の視線がお腹に注がれていることに気付く。どこか気まずさを感じ、六花は明らかに大きくなったお腹を手で隠した。

「ま、まさか先輩が結婚されているとは思いませんでした! だって大学の時、誰とも付き合ってなかったですよね?」

 六花が話題を変えたことに気付いたようだが、彼はそのことには触れずに微笑んだ。
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