Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
 何度か呼び出し音が鳴ってから、忙しそうな母の声が聞こえてくる。

『はいはい、どうしたの?』
「あぁ、忙しい時間にごめんね」
『大丈夫よ。これからまーちゃんをお風呂に入れようと思って準備してただけだから。どうかした?』
「うん……実は……と、友達に会っちゃって」
『パーティー会場で? すごい偶然ね』
「そうなの。でね、久しぶりに会ったから……その、遊びに来ないかって言われて」
『あら、いいじゃない。なかなかこっちに戻って来られないし、たまには羽でも伸ばしてきたら?』
「ありがとう。それで期間なんだけど……一週間くらいいいかな?」
『もちろんよ。ゆっくりしてきなさい』

 一週間も長期にも関わらず、あまりにも簡単に了承してくれた両親に感謝しながらも、少しだけ違和感も感じる。

「まーちゃんに会えないのが寂しいな……」
『こんなに離れるのは初めてだものね。でも妊娠した時からずっと突っ走ってきたんだから、この一週間は自分の心とゆっくり向き合ってみたら?』
「心?」
『ん? あっ、ほら、子育てを頑張ってきた自分へのご褒美ってことよ。いろいろ贅沢してきなさい』

 どうして贅沢なのだろう。一人だから自分のことにお金を使えってこと? いろいろ気になる部分はあったものの、離れた場所から自分を見つめる宗吾は目が気になってしまう。

「わかった。じゃあ……まーちゃんのことお願いします」

 そして電話を切り、しばらくスマホを握りしめる。これからどんなふうに宗吾と一週間過ごせばいいのだろうーー不安な気持ちを抱えたままゆっくりと宗吾の方を振り返る。

「連絡出来た?」

 六花は宗吾の表情を見て驚いた。いつもみたいな強気な笑顔で自分のことを見ていると思ったのに、実際はどこか不安げな様子でこちらを見ていた。

「うん、大丈夫」
「じゃあ行こうか」

 宗吾が差し出した手を取るか迷った。でも彼の手を取ることで私たちの関係は前進してきたようにも思う。

 六花は躊躇(ためら)いながらも宗吾の手に自分の手を重ねると、エレベーターに向かって歩き出した。
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