Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
◇ ◇ ◇ ◇

 宗吾は六花が眠ったことを確認してから、浴室に入ってシャワーを浴びた。それでも不安が拭いきれず、慌てて外に出た。

 部屋の奥のベッドに近づけば、布団がゆっくりと上下に動き、六花の静かな寝息が聞こえて来た。

 彼女が部屋の中にいることを確認したら、驚くほどの安心感に包まれる。ホッと息を吐くと、ベッドに腰を下ろした。

 あの日、家に帰ると部屋の電気は全て消えていて、テーブルの上には一枚のメモが置かれていた。六花が出て行くなんて想像もしていなかった宗吾は、突然のことに体の力が抜け、へたへたと床に座り込んでしまった。

 そのうちひょっこり帰ってくるのを期待して待ったが、その日はやってくることはなく、あの時に感じた絶望感は、長いこと宗吾の心に傷を残していた。

 日々の仕事にも生活にも無気力になり始めていた時、たまたま仕事を通じて翔と再会をした。大学時代は翔を尊敬していたし、もしかしたら今も六花と連絡を取り合っているかもしれないーーそう思い尋ねたが、実際は梨の(つぶて)だった。

 ただその再会から一ヶ月後。翔からの一本の電話が、その後の宗吾の運命を変えることになる。

 宗吾はかがみ込むと、六花の寝顔を愛おしそうに見つめた。やっと俺の元に六花が帰って来てくれた。たくさんの人が俺に手を差し伸べてくれたおかげで、ようやく手にした最後のチャンスなんだ。もう二度と六花を手放したりするものか。

 六花は未だに俺がただの契約結婚をしようとしてると思っているんだろうな……本当になんであの時あんなことを言ってしまったんだろう。はっきり言えなかったことが悔やまれる。口下手にも程があるよな。

 今度こそお前をちゃんと振り向かせる。そう決めたんだ。だからもういなくならないでくれ……強く思えば思うほど、宗吾の心は不安に(さいな)まれて行く。

 宗吾は六花の布団をそっと持ち上げると、その中へと滑り込む。六花の温かさが伝わり、思わず頬が緩んだ。

 あの頃は毎日こうして六花のそばで彼女の温かさを感じ、愛する人を抱きしめられる喜びに浸っていた。それが一瞬で消え去るものとは知らずにーー。

 起こさないように注意しながら、背後から彼女の体に腕を回し、六花の柔らかな体を抱きしめる。

 明日の朝になったら、六花にめちゃくちゃ怒られるかもしれないな。変態って罵られるだろうか。でも怒った彼女も可愛いからいいか。

 宗吾は彼女の匂いを吸い込み、朝になっても腕の中にいて欲しいと願いながら眠りに落ちた。
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