Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
 車を降りた六花の手を宗吾はすかさず握り、車の流れに気をつけながら建物へと向かう。

「行くよ」
「う、うん」

 まるで恋人同士みたいじゃない……一応擬似恋愛中だし、当たり前か。久しぶりの感触に、胸がむず痒くなる。

 妊娠が発覚して、出産をして、母親になって数ヶ月。こんな感覚、すっかり忘れていた。まだ私の中にも残っていたのだと思うと、不思議な感じがした。

 てっきり一階のお土産売り場に行くのかと思っていた六花は、宗吾が彼女の手を引いてエスカレーターに乗ったので戸惑った。

 六花の顔が曇ったことに気付いた宗吾が、笑顔で上の方を指差す。

「せっかくだからさ、先に展望テラスまで行ってみよう」
「まぁいいけど……」

 別にどちらが先でも変わりはない。お土産を先に買ったら荷物になるから、展望テラスに行く方がいいかもしれない。

 それから宗吾は何を思ったのか、立っていた場所から一段下に降り、六花の背中にピタリとくっつくように後ろに立つ。六花が振り返れば目線が同じ高さになった宗吾の顔が間近にあり、慌てて顔を背けた。しかしその瞬間、彼の腕が腹部に回され、抱きしめられる。

「ねぇ、何してるの?」
「……六花さ、俺のこと意識してるだろ?」
「はぁっ⁈ してませんけど……って、ちょっと下ろしてよ!」

 耳元で囁かれ腰を抜かしそうなった六花を、宗吾は抱えるようにして展望テラスまで出て行く。

 それから眺めの良い正面ではなく、建物の影になる場所がある右側のテラスへ六花を運んだ。やっと地面に足がついたものの、宗吾の腕から逃れることは出来なかった。

「もしかしてさっきの会話で、あのことを思い出した?」
「….…な、なんのこと?」

 ドキッとして視線を逸らしたが、宗吾が顎に手をかけ自分の方に向かせたため、六花は戸惑いを隠せず、とりあえず目を瞑る。

「ふーん。とぼけるんだ」
「とぼけてなんて……だから何なのよ」
「……ったく、素直に認めればいいのに……」
「何のことだかさっぱりわかりません」

 少しの沈黙が流れ、宗吾が言い返してこないことを不思議に思って目を開けた瞬間だった。宗吾が真剣な顔で六花をじっと見つめていた。

「じゃああの時と同じことをすれば思い出すかな」

 そして宗吾の顔が近付いたかと思うと、六花の唇は塞がれた。
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