Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、私はそこまでの人間じゃないし……。それに私には欲しいものがあって、きっとそれはあなたからはもらえるはずがないの。だから……」
「でもさっきは俺を受け入れてくれただろ?」
「わかってる。私だってあなたのことは嫌じゃない。むしろ好きよ……友だちとして最高の人だと思ってる。でもーー今は守らなきゃならないものが出来たの」
「守らなきゃならないものって何なんだ? 二人でいたら守れないのか?」

 宗吾が苦しそうに言葉を搾り出す。悲しみに顔を歪めた顔を見られまいと、六花は下を向いた。

「それは……」

 返事に困り黙り込んでしまう。なんて言えばいい? 話せば受け入れてくれる? 娘のことを打ち明けてもいいのだろうか……心が揺らいだ。

 いや、もう今更ダメよ。私は嘘をついて宗吾の元を去った。それは自分とお腹の子のためにした選択だった。宗吾の気持ちを考えたかと聞かれれば、そうではないかもしれない。

 初めて契約結婚と疑似恋愛の話をした時、
『阿坂がそばにいてくれたらそれだけでいいんだよ』
と宗吾は言っていた。

 六花ははっとする。もしかして私は彼の気持ちを裏切ったのだろうかーー。妊娠という事実に焦って、自分のことしか考えていなかった? きちんと話していれば違う未来があったのだろうか。

 心の片隅に抱いたささやかな願いが、もしかしたら現実になっていた可能性があったのかもしれない……。

 でも娘のことを話して受け入れてくれたとしても、私が宗吾にしてしまったことを変えることは出来ない。

「あの、宗吾……」

 尋ねようにも言葉が出てこなかった。

 頭も心もぐちゃぐちゃーー唇を噛み締めたそのタイミングで、運良くデザートが運ばれてきたため二人の会話は止まる。

 六花がわざと話題を逸らすようにデザートの話を始めると、それを察したのか、宗吾も敢えてそれ以上は聞かないように口を閉ざした。
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