Lost at sea〜不器用御曹司の密かな蜜愛〜
 宗吾は六花を抱き寄せ、涙の滴を指でそっと拭った。

「どうして泣くんだよ」

 その声には困惑や怒りが含まれているような気がした。

「……宗吾が嘘つきだから……」
「嘘つきって?」
「愛してるなんて……嘘が上手すぎるのよ……」
「ちょっと待てよ。俺は別に嘘なんてーー」
「擬似恋愛に、契約結婚。それは他に好きな人がいるからでしょ?」
「それは……!」

 彼女の言葉に反論しようとしたが、言葉に詰まってしまう。きっと図星だったのだろう。六花は淡々と続ける。

「だから結婚したくないし、するにしても気の置けない友達なら一緒にいても苦痛はないものね」
「六花、そうじゃなくて……」
「大丈夫。ちゃんと知ってるよ。宗吾が忘れられない女性のこと。"アサカさん"って言うんでしょ?」

 これは決定的だった。目を見開き、口を閉ざす。反論する要素が見つからないのは、彼を見ればすぐにわかる。ということは、六花の言葉が真実であることを物語っていた。

「どうしてそれを……」

 動揺した宗吾は、勢いよく起き上がる。その姿を目で追った。

 だって初めて宗吾に抱かれた時、必死にその名前を呼んでいたじゃない。私を抱きながら、あなたの目にはアサカさんが見えていたのよね。

 六花はにっこり微笑むと、すっと目を閉じる。

「ちゃんとわかって宗吾に抱かれたし、契約結婚の意図だって理解してるから安心して……」
「だからそうじゃないんだ……俺が言いたいのはーー!」
「今日はもういいよ……。階段をたくさん上ったし、いっぱい歩いたから、正直へとへとなの……また明日にしない?」
「……わかったよ」
「うん……ありがとう……」

 無防備にも裸のまま眠りについた六花の頭を宗吾は優しく撫で続ける。

「愛してるよ……六花。ずっとお前だけを想ってたんだ」

 しかしその言葉は六花には届かず、静かな部屋の中へと消えていった。
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