過去につながる不思議なスマホ
 葬式は生きる人のための儀式だという話を聞いた事がある。生きている人が心の区切りをつけるためのものであり、亡くなった人を弔うことで生きる者が自己満足する儀式らしい。それを聞いたときには他人事だと思っていたが、いざ自分が葬式の喪主となった場合、そして、家族が同時に複数人死亡した場合は心に余裕がない。自己が疲労してしまう儀式として認識してしまった。なぜならば、生き残ったのは俺一人だ。そして、まだ年齢は若干19歳の大学1年生だ。

 俺は、実家から日本で一番難関と言われる大学に通っている。現役合格だ。特別な英才教育をされたわけでもないし、両親が特別優秀だったわけでもない。親戚も普通の大学出身者が多いのだが、俺はなぜか日本一難関である大学に入学してしまった。それもこれも、多分俺は、凝り性なのだ。中学高校時代は勉強に凝ってしまい、とことんやりつくした。そして、大学で勉強したいと思っていた植物について研究するためにとことん勉強した。その結果、自分が勉強したい分野をとことん勉強できそうなのだが、謎の火災事件によって、家が全焼、家族が全員焼死という悲しい結末を迎えた。予期せぬ事態により、多分、日本一不幸な大学生となる。火事の時間帯、俺は大学に行っていて、深夜に帰宅したので、たまたま事故に遭うことはなかった。不幸中の幸いと人は言う。

 しかし、生き残ってもむなしいものだ。いっそ一緒に死んだ方がよかったかもしれない。そんな気持ちになる。学校では家族が死亡した時の手続きだとか葬式について教えてもらったことはない。だから、俺は若干19歳にしてすべての手続きを終えて、安堵していた。普通ならば悲しみがもっとこみあげるところだが、悲しむ暇も与えられなかった。意外と手続きや人付き合いというのは忙しい。そのほうが、悲しみに浸ることもなく、いいのかもしれないと考えるようにしてみる。

 俺は不幸の真っただ中にいる。死亡届を出し、通夜と葬式を終わらせ、親戚や近所に挨拶回りをして、疲れた。と思いながら、葬祭会館を出る。事務手続きという法律に振り回された日々が落ち着いた。俺はため息をつくと、一時的にビジネスホテルを取っていたのでホテルに向かう。自宅は全焼だ。しかし、貯金はちゃんとしている親だったし、安定した仕事をしていたので、学費や生活費に困るということはないだろう。大学を卒業したら働けばいい、それでいい。

 すると、葬祭会館前で、座っていた女子高校生が話しかけてきた。正直スカートが短いから下着が見えそうだが、そんなことはおかまいなしで立ち上がり、近づいてきた。道を聞くとかそういったことだろうか。疲れている俺ではない誰かに聞いてほしいな。そう思ったのだが、お人好しな性格がこういった時も災いする。そして、俺は立ち止まる。

「火災事故でただ一人生き残った影野光《かげのらいと》さん? 難関大学の一年生でしょ」
「まぁ、そうだが。君は?」

 道を聞かれるのだろうと思っていた俺は意外な女子高生の言葉に驚く。女子高校生はこのあたりだと有名な私立のお嬢様学校の生徒ということが制服からわかる情報だった。そして、どちらかというと生真面目な性格ではなさそうな甘えたがりなちょっと遊ぶのが好きそうな女子高校生だ。

「俺のことを調べたのか?」

 俺は警戒する。

「実は、頼みたい事があるの」

 女子高校生がスマホを差し出す。これがどうしたのだろうか?

「これを使って、あなたの家族を死なせないという方法があるんだけど」

 俺は目の前の少女が何を言っているのか正直わからなかった。もう死んでしまったのだ。まさか生き返るというはずもない。

「このスマホ、過去の人間と連絡が取れるの。通話とメールができるの。あなたの家族を避難させれば、家族は死ななくていいでしょ」

「そんな夢見たいな話があるはずないだろう。君の名はなんて言うんだ? 名乗らずに得体のしれない人間からの情報を信じろと言うのか?」

「私の名前は本条理沙。私がスマホを手に入れた経緯を話したいので、近くの公園のベンチで話を聞いてもらってもいい?」

「わかった。話は聞く」

 俺は、これ以上不幸もないだろうと、いたって普通の女子高生と共にすぐ近くの公園のベンチに向かった。公園のベンチに行くだけだ、何かのワナではないだろう。

「私、親がとても厳しくてスマホを持つことを禁じられているの。ガラケーは連絡手段として持っているんだけどね。スマホが欲しいなって思ったら、この公園のベンチの上にスマホあげますって書いてある箱があったの。そして、このスマホが入っていたの」

「そりゃあ罠だ。何か個人情報を聞き出そうとか、詐欺の一種かもしれない」

「そう思って、私も警戒したんだけど、スマホに触れたら、説明がでてきたの」

『このスマートフォンは過去の人間に連絡が取れます。料金は無料です。使った人物にリスクはありません。もし嘘だと思ったら、試しに連絡を取りたい年代と月日を入力して、その人物の電話番号を入力すれば通話ができます。相手の電話が固定電話でも、携帯電話でも大丈夫です。今は使われていなくても、その当時使われていた番号ならば通話は可能です。メッセージ機能もありますが、まずは通話から試してみてください。お好みでしたら無料で差し上げます』

「ちょっと怖いけど、試しに死んだおばあちゃんが生きていた年月日を入力して、電話してみたの。そうしたら、本当におばあちゃんと話ができたの。おばあちゃんはその時代の私だと思い込んで、いつも通り話をしていたわ」

「本当なのか?」

 俺は藁にもすがる思いで身を乗り出す。最悪の事態を少しでも改善したいというのが人の心だ。

「本当だよ。無料だし、リスクもないならそういう使い方ってありだよね」

「でも、なんで俺に?」

「私、最近この町で全焼する火事があった新聞記事を見て、あなたに必要だと思ったの。それに、あなたの名前と顔を知っているよ。以前うちの高校に出前授業に来たでしょ」

「確かに行った」

 制服に見覚えがあるし、有名なお嬢様学校というイメージが強いから、地元では有名な高校だ。

「うちの女子高って伝統重視だれけど、日本一の難関大を目指す生徒が増えてきているのよ。学校としてもそういった生徒をどんどん輩出したいみたい。そこで、現役学生に勉強を教えてもらおうとか受験体験記も話してくれてたでしょ」

「その時、あなたの名前と顔を知っていたんだけど、新聞記事でこんなに不幸な目にあっていることを知ってしまったからには、力になりたいと思ったの。こういったスマホは頭が良くて、欲のない善意ある人間が使ったほうがいいと思うから。私はそこまでの学力はないし、使いこなせそうもないし」

「でも、受験体験記とか、出前授業くらいじゃ善良な人間かどうかなんてわからないだろ」

「教え方が優しいなというのが印象に残っていたんだけど、たまたま、このあたりでおばあさんがりんごを落として、助けてあげていたことがあったでしょ。私は、通りの向こうで助けられなかったけれど、あなたは荷物を持ってそのままバス停まで送ってあげていたでしょ」

「見ていたのか?」

「人助けを見たのは偶然よ。だから、新聞記事に書いてあった葬祭会館の前で待っていれば会えるだろうと思って、待ってました」

「影野光《かげのらいと》さん、あなたのことが好きです。だから、このスマホを共有しませんか。そして、この町を一緒によくしていきませんか?」

 好きです、ということは突然の告白か? でも、そのあとのセリフがわからない。スマホを共有してこの町をよくしていく?? 全くもって意味不明だ。

「あのさ、好きっていうのはどういう意味なのかな? もちろんスマホは使ってみたいけど……」

「あなたの頭脳と優しさが好きなんです。この町には悪がたくさんある。周囲にいる困っている人を助けたい。私ひとりで不思議なスマホを扱える自信がないの。あなたの頭の回転の速さならば、このスマホをいいことに使えると思う。まずはあなたの家族を救うことが第一だけど、そのあと、一緒に困っている人を助けよう」

「はぁ……俺に扱えるかどうかはわからないけれど」

「あなた、難関大学を現役で入学したって聞いたの。現役合格は希少でしょ。私は他にそういった優秀な友達はいないから、あなたしかいないと思って」

 よく聞くと、愛の告白じゃなくってスマホを使う頭脳の相方が欲しいとかそういったことなんだろうか。俺は、心のどこかでがっかりしていた。しかし、それ以上に家族を死なせない、そんなことができるならば実行したいと心底願っていた。これが本当ならばお金には代えられない価値と幸せがあるはずだ。

「でも、今を変えることは無理なんじゃないのか? 一度死んだ事実は戻らないとか、ここではない別な世界では生きている、とかそういった話かもしれないぞ」

「そういうときは、このQ&Aで検索できるの」
 そう言ってアプリを出すと、検索画面が出てきた。

Q「今を変えるのは無理ですか?」
 という質問を入力する。すると、アンサーが返ってきた。

A「変えられます。なかったことにできるのです」

「俺に貸してくれ」

 俺は質問画面に文字を打ち込んだ。

Q「対価や代償などのリスクはありますか?」
A「ありません」

 すぐに答えが返ってくる。誰かの持ち物なのだろうか? しかし、あげますとかいてあるならば、俺はこれを使うしかないだろう。大事な家族を取り戻す。俺は堅い決意を固めた。

「まずは、スマホを使って家族に知らせようと思うが、いたずら電話だと思われる可能性が高いな」

 俺は突然の朗報に戸惑いつつ、絶対に失敗しない作戦を立てる。自分のことや家族のことはよくわかっているが、過去の自分に対して失敗はしたくない。

「じゃあ、家族だけが知っていることを話すとか」
 JK理沙が提案する。

「うちの家族は警戒心が強いから、金庫のパスワードのようなものを言えば泥棒だと疑いにかかるだろう。一番信じてくれそうなのが、警戒心が薄い性格の妹だ。ファンタジーな話も好きだからな。しかし、ここは過去の自分に伝えるのが一番いいかもしれない、そして妹に伝えてもらう。しかし厄介なことに、自分自身が疑い深いからな」

「でも、この不思議なスマホの話を案外すんなり信じているわけだから、過去の光《ライト》君でも大丈夫そうじゃない?」

 いきなりライト君よびかよ。

「妹は、知らない番号の電話に出ないことが多い。俺は比較的知らない番号でも出るほうだ。まずは自分にメールを送ったほうが早いかもしれない。まず手始めに俺の死んだ祖父にかけてみる。真実かどうかを確かめる」

 俺は、祖父が生きていた3年前の年月日と時間を入力して、祖父の番号にかける。今は使われていない電話番号だ。これが本当につながれば、俺の未来が変わるかもしれない。すると、普通の電話と同じように、音がする。少しすると、トゥルルルル、という音が鳴る。これで祖父が出るかどうかだ。インチキという可能性も捨てきれていない。むしろ、インチキの可能性が高いと思っていた。電話がつながるということは、別な新たな契約者が使っていいるというわけではないのなら……本物だろう。

「もしもし、影野です」
 じいちゃんだ!! 懐かしい祖父の声が響いた。

「元気か? 光《ライト》だよ」
「ライトか!! 高校生活はどうだ?」

 3年前は高校1年生。滅多に俺が電話をすることはなかったので、うれしそうな祖父の声が響く。もう少し色々話したかったのだが、ここは家族を助けることが優先だ。

「じいちゃん、今ちょっとやることがあるから、またかけるよ」
「そうか、元気でな」
「じいちゃんも体に気を付けて」

 祖父の死因は病気なので、事故とは違い、防ぎようはない。早期に発見して助かる病気ではなかった。だから、祖父を長生きさせることはできない。不思議なスマホは万能ではないな。使い手次第で有意義な使い方はできそうだが、結構扱いは難しい。

 俺は気になることがあり、すぐにQ&Aサイトに質問入力する。

Q「この電話は番号通知されるのか? 固定の電話番号があるのか? メールアドレスは固定されているのか?」

A「この電話は非通知になっている。特に電話番号はないが、非通知拒否している電話にもかかるようになっている。メールアドレスでやりとりはしない。このスマホ独自のメッセージアプリがあり、その相手には、勝手にアプリがインストールされる。ガラケーでもメッセージは可能」

「そうなのか。ならば、メッセージのほうがいいかもしれない」

 俺は、自分自身にメッセージを送る。それは不可思議な行為だったが、家族を助けるために俺はいい文章を考える。

「それにしても、理沙の目的は町をよくすることなのか?」

 理沙の目的がよくわからなかった。自分でスマホをひとり占めしたほうがいいと思うのに。

「本当は日本をよくしたい、と言いたいところだけれど、私の頭脳じゃそこまで無理。それに、電話番号を知らないと連絡できないから、知らない悪人とか有名人に電話をかけることはできないし。どちらかというと、いじめている同級生を驚かしていじめを辞めさせたいとかそういった小さな願望。でも、一人じゃ勇気がないから、光《らいと》君のような頭脳派とならできるかなって」

「あのなー。人頼みかよ」

「出前授業の時から話したいと思っていたんだけど、連絡先もわからないし……これはきっかけ。もし、こんなに不幸があればあなたは生きる希望を失うかもしれない。私はあなたに生きる希望を失ってほしくないし。あなたをこの世界から失いたくない」

 さっきから微妙に告白されているような言葉を並べるが、恋愛の告白とはちょっと違う。不思議なJKだな。

 生きる希望って壮大な話になっているけど、俺はそこまで彼女に何かいいことをした記憶もない。

「出前授業が生きる希望だったのか?」

「進路相談のときに、諦めるな、自分が好きだと思ったことを続けていれば自然と道は切り開かれるって言ってたでしょ」

「そういえばそんなことも言ったかもしれない」

「日本一の大学生に言われたら、そうかなって思ったの。私は単純だから」

「私は親の決めた大学に行かないとだめって言われていて、やりたいこともなくて……そんなときにやりたいことをとことん追求しているあなたの姿が凛としていてかっこよかったんだよね」

「そんなに褒めても何も出ないぞ」

 俺は少し照れていた。面と向かって自分の意志をちゃんと伝えられる素直な人間は意外と少ない。だから、まっすぐな気持ちで褒められるのは悪くない気分だった。

 俺は急いでスマホのメッセージアプリを起動させる。すると、指定年月日が出る。火事が起こる前の1週間前がいいかもしれない。あまり早すぎても忘れられるし、直前だとメッセージに気づかないという可能性もある。何度かやり取りをして信じてもらう時間も必要だ。

『このメッセージを送っている主は、少し未来の自分だ。信じてもらえないだろうが、これはいたずらではない。その証拠にインストールしたこともない見たことのないアプリが入っているだろう。令和2年2月2日夜10時に我が家が全焼する。出火原因は不明だ。放火犯の可能性もあるらしいが犯人は特定できていない。しかも、俺以外の家族が焼死する。だから、家族を避難させろ。できれば、放火犯に放火させないようにできればいいと思っている』

 俺はメッセージには気づくのが早いし、知らないアドレスでもチェックしてから消去するタイプだ。知らない番号の電話にもなるべく出る性格だ。自分のことは自分が一番わかっている。だから、俺自身に連絡するのが手っ取り早い。両親は携帯のチェックも頻繁にしないので、気づくのが翌日ということも充分ありうる。

 早速メッセージが返ってきた。この時間は部屋で一人で勉強か読書をしていることが多く、きっとすぐメッセージに気づくだろうと時間は夜9時を指定していた。

「本当にあなたは俺自身ですか? 何か証拠を見せてください」

「写真って添付できないのかな?」

 理沙が提案する。たしかに、その通りだ。マニュアルを検索すると、写真の添付はできないとなっていた。視覚で伝えられないとなると、今度は文章でいかに伝えるかどうかだ。小説家は情景を文章で表現しているが、漫画家のほうが絵で表すので、一瞬で伝えることは簡単だ。そんな心境だった。

「生年月日とかじゃなくて、もっと調べてもわからないものがいいんじゃない」

 JK理沙、ナイスアシストだ。

『今、はまっているのは家庭菜園や寄せ植えだが、今は自分で育てた野菜で料理をすることにはまっている。そして、気にしていることは寝ぐせがついて、髪がまとまらないこと』

 自分にしかわからないことを入力して送信した。

『たしかに、俺にしかわからない細かい点を書いている。しかし、本当に火災が起こるのか? 家族が死んだということも信じがたい』

 たしかに、信じてもらうにはどうすればいいのか? 自分に信じてもらい、妹にも協力してもらって、父と母にも避難させたい、どうすればいいのだ? 俺は自問自答を繰り返す。こういうときに知恵と知識というのものが別物だと感じる。参考書には書いていないことを実行することができたり、思いつく人が、本当に頭のいいやつだ。

「その時に、読んでいる本を当てたら」

 JK理沙はなかなかいいことを言う。しかし、俺があの時に読んでいた本を思い出そうとしても複数同時に読んでいた記憶しかない。読書家ということは、それだけ本をたくさん読んでいるのだ。

「じゃあ好きなタイプの芸能人とか、誰にも話していないフェチとかないの?」

「難しいな。あまり芸能人には興味がないからな。フェチ、そんなの別にない」

「本当?」

 興味津々な理沙がまじまじと見つめる。あったとしても、この人の前でそんなことを言う義理もない。

『最近怪しい人物がいなかったか? もしいたら放火の原因になった人物かもしれない。防犯カメラを取り付けるとか、見回ったりできないか?』

 無難なアドバイスを入れてみる。しかし、大学生の息子の一声で防犯カメラを導入するような家族でもないと思う。楽天的な一家だからな。穏やかな性格の人間しかいないので、なにか恨みを買うようなことがあったりしたとは思えない。

「妹って女子高生なんでしょ? 彼氏とかストーカーで怪しい奴いないの?」

 さすがJK視点だ。

『妹にストーカーや恋愛トラブルがないか調べてほしい。2月2日夜に友人何人かで見守りをして放火を防いでほしい、できれば家族を避難させたい』

 過去の自分からの返答が来た。

『うちの一家は夜10時前に就寝するし、その日だけ外泊させるのは難しいだろう。避難したとしても、帰宅したら家がなくなっていたというオチは困る。でも、お前の話を全面的に信じられないので、俺は静観する』

 俺らしい、実に的確な返答だ。今は、不幸の中にいて、動揺しているから、こういった不思議なスマホの話に便乗してしまったが、本来の俺らしい。仕方がない、妹のスマホにメッセージをしよう。俺は、伝えるだけのことは伝えた。でも、自分自身が助けに現場に行けないのはなんとも歯がゆくもどかしいものだ。

 妹のあかりに連絡を取る。自分がだめでも妹がいる。それに、俺だってあんなメールをもらったらやはり当日は警戒して、その時間には帰宅するだろう。あの日は研究室の実験が長引いたが、何かと理由をつけて帰るような気がする。俺自身だったらの話だ。しかし、過去の俺が同じことをするかはわからない。

『未来から連絡している兄だ。妹に大事な連絡がある。今年の2月2日夜10時に火災が起きる。だから、その時間は避難してほしい』

『知らないアプリだと思ったけど、もしかして出会いの広場の方ですか? 兄のふりなんて新しいですね。私はJKやってます。彼氏募集中だよっ』

 ずいぶん能天気なメールだ。しかし、この文面からすると、妹は彼氏を求めるがあまり、出会いの広場というものに登録して見ず知らずの人とメールを交換しているのか? 妹の知られざる一面が見られた。

『俺は、未来の影野光だ。その時代の俺自身にも連絡したが、なかなか信じてもらえない。一家全焼、俺以外全員死ぬ。だから、家族に避難するように伝えてほしい』

『はぁ? 迷惑メールですかね? あまりからかうならばメッセージ拒否にしますよ』

 妹、全然信じてくれない。というか出会い系をやっていたならば、そこで個人情報を特定されてストーカーされているのでは? 

『最近、ストーカーがいるなら気をつけろ。住所を特定されると放火されるぞ』

『もしかして、本当にお兄ちゃん? 私、たしかにストーカーまがいなことがあって。でも、出会いの広場の話を言えなくて、誰にも相談していないの』

『そいつには偽の情報を与えろ。住所をすでに特定されているならば、その時代の兄に相談しろ。既に過去の自分に火災のことはメッセージで知らせている』

「意外と妹ちゃんって遊んでいたんだね。でも、そういった相談ってしにくいよね。出会い系なんて親兄弟に一番知られたくないだろうし」

 JK理沙は納得している様子だ。

『妹にストーカーしている男がいる。警戒してほしい』

 シンプルなほうが俺自身が納得するだろう。そう思って詳しい内容は伏せて過去の自分にメッセージを送った。

 それ以降、過去の妹からも自分からもメッセージが来ない。そして、スマホは俺が持ち帰ることにした。いつ過去から連絡があるかもわからないからだ。そして、当日の夜に時間を合わせて、自宅の電話に嘘の電話をして、一家を避難させようと俺は考えていた。もし、過去の妹と自分に信じてもらえなかったら、家の電話に犯人を名乗る男として放火予告をすれば家族は警戒するだろう。そして、警察のほうにも怪しい人物がいるということを通報すれば見回りにくると考える。

「もし、これが失敗したら、またやり直しできるのかな? 過去の事件の時刻が変わっていたとか、よく物語であるよね。その辺は大丈夫なの?」

 理沙は素朴だが大切な疑問を投げかける。

「マニュアルを調べよう」

 俺は質問を入力する。

Q「思ったようにならなかった場合、何度も同じ時期の過去に連絡ができるのか?」
A「できますが、同じ失敗をしないためにもう少し過去に遡って連絡したほうがいいと思います」

Q「すでに過去が変わっているということはありますか? 例えば事件の時刻が変わっているとか」
A「過去が既に変わっていることはないです。しかし、もっと未来の誰かが、このスマホで時間を変えていれば変わる可能性もあります」

 なるほど、もし失敗すれば、もっと前の自分と接触して信じてもらうというのもありなのか……。しかし、もっと未来の誰かが変えていたら、過去も変わってしまうかもしれない。俺の火災事件は最近起こったことなので、比較的誰かが操作するという可能性は薄いような気がする。そんなスマホがこの世にたくさんあるはずもなく、あえて俺の一家全焼事件を助けようとするものはいない。俺は希望を少し見いだせたような気がした。このスマホと女子高生が俺に希望の光を与えたのだ。

「じゃあ、光《ライト》さんの電話番号を教えて。影野光って影の中にある光みたいで本当はあるのに見えない、みたいな不思議な名前だね」

「名字と名前が合わさると変な名前なんだよ。小さいころに、よくからかわれた。でも、光があるから影ができるんだよな。そういう元となる存在になれっていう意味で光《ライト》って名付けたみたいだけどな」

 理沙のガラケーに俺の番号を追加し、俺のスマホに理沙の番号を追加する。そして、メールアドレスも交換する。自分の問題を解決したら彼女の問題を解決するという条件で、スマホを借りることにした。

 それにしても、俺がこのスマホでできること、家族を死ななかったことにするっていう事実を変えることができるのだろうか。そして、それが解決したら、このスマホでどんなことができるのだろうか? 無限の可能性をこのスマホに感じていた。

 俺は、ホテルに戻り、気になったことを検索する。念には念を。それが信念だ。

Q「スマホが消えることはないのか?」
A「消えることはありません」

Q「何度でも通話ができるのか? 制限はないのか?」
A「何度でも通話できます。誰とでも可能です」

Q「スマホは誰の持ち物なのか?」
A「今の所有者は理沙と光です」

Q「所有権が変わる条件は?」
A「手放したいときに所有権は放棄されます。そして、新しい所有者が現れたら所有権は譲られます」

Q「過去が変わっているという可能性は?」
A「ありません。変わる可能性は未来のみです」

Q「このスマホはたくさん存在しているのか?」
A「この時代に1つしかありません」

 俺は、あの様子では事件当日に過去の自分が動かないかもしれないという思いから、事件当日の時間にスマホを合わせた。そして、自宅に電話をする。まだ夜9時だ。事件が起こる1時間前。

「もしもし」
 今は亡き母の声だ。
「今から、お宅を放火します」

 俺は変声機械を使って電話をする。とはいっても、簡単なボイスチェンジャーアプリを使っただけだ。非通知だし、特定はできないだろう。

「いたずらですか?」

「いたずらじゃありません。夜10時をお楽しみに。避難したければしておかないと、一家全焼、一家全滅になりますよ」

「通報しますよ」

「どうぞ、通報してください」
 
 よし、通報しろ。警察が来るだろう。そして、念入りに過去の警察にも電話をかける。それは、放火予告を宣言するためだ。こちらは時空が違うし、足はつかない。

 俺は部屋の中にいるだけで何もできなかった。そして、そわそわした時間だけが流れた。そんな時に、理沙からメールが来た。

「どう? 状況はかわった?」

「事件当日の実家に電話で放火予告をした。何も見えないから、どうなっているか確認できない」

 そんなやりとりを理沙とメールで行っていた。

――すると、
『放火魔を捕まえた。未来の俺の電話のおかげで警察も動いてくれた。家族も一時避難するべく、その時間は自宅から車で避難していた。放火魔は妹のストーカーだったらしい。俺は、大学の武道をやっている知り合い何人かに声をかけて、家の周りを見回った。君のおかげだ、ありがとう』

 俺の今は本当に変わったのか? 自分のスマホから家族に電話をする。すると、妹が電話に出た。生きていた。そして、両親も当たり前のように生きていたのだ。信じられないのだが、俺は、そのまま自宅に向かう。自宅はもちろん無事で、いつもどおりの我が家がそこにあった。俺は時空を超えてもう一度家族に会える事ができた。俺は、自分の部屋で思わず、喜びのあまり理沙に電話をした。

「よかったね。やっぱり私が見込んだ男だけはあるわ。合格よ。これからは、私のために頭脳を貸してね」

 妙に大人びた冷めた声が聞こえた。理沙は、スマホを使いこなせる人間を探していたのだろうか? まさか、偶然だ。俺が出前授業に行ったから、そして、俺の身に不幸が重なったからだと思う。そう思いたい。

「もしかして、俺を試していたのか? スマホを拾ったのは本当か?」

「スマホを拾ったのは偶然だし、本当よ。人助けだよ。困っている人にスマホを貸して幸せになってもらいたいだけ。本当は色々な人にお金を払ってもらってスマホを貸すバイトをしようと思っていたんだけれど。あなたには無料で貸したのよ。家族が戻ったのだから、お金で買えない幸せよね。あなたのような優秀な人材と不思議なスマホを使えば、きっと世の中が良くなるでしょ。だから、困っている人を助けるバイトを始めることにしたの」

「バイトは禁止だろ?」

「こういったバイトなら、ばれないでしょ」

「さて、代表は光《ライト》君ということで、さっそく困っている人をスマホで助けましょうか。バイト代も入ればウィンウィンでしょ?」

 したたかな女子高生理沙は俺の想像を超える知能を持っているような気がした。知識と知能は別物だ。この女子高校生は勉強以外の社会で生き抜く力を持ったたくましく合理的な思考の持ち主のようだ。そして、恩がある故、俺の性格上そういった申し出は断ることはできない。

「さて、さっそく私の友人のことであなたの頭脳を貸してほしいの」

「はいはい、どうせ頭脳だけの男ですから」

「そんなことはないよ、優しそうで華奢な体格は相手を警戒させないタイプとしてうってつけよ!! この時代の光になりましょう」

 やっぱり計算高い理沙は俺の中で、頭のあがらない相棒となったようだ。

 後日、呼び出された俺の目の前に女子高生、本条理沙が珍しく、もじもじしながら、おねだり視線を浴びせる。嫌な予感がしたのだが、彼女の本当の目的は、この案件だったようだ。幼馴染の少年が最近交通事故に遭い、ケガをした。そこで、後遺症が残って体に障害が残ることもあるという。だから、交通事故を起こさない方法を俺に考えろ、という話を持ちかけてくる。

「その幼馴染に惚れているのか?」

 俺は、弱みを握ることができた! とばかりに問い詰める。

「彼には最近彼女ができて、彼女は私の友達なんだ」

 どうにも照れくさそうに少しさびしそうに話をする様子を見て、

「三角関係なんだな。でも、思いは伝えていない。いや、友達を応援しないと、という臆病で、やたら正義を振りかざす友情ってやつか」

「ちょっと、そんなんじゃないよ、知り合いを助けたいという気持ちは純粋に誰にでもあるでしょ」

「じゃあ、その彼のこと何とも思ってないの?」

 理沙は正直で下を向く。意外とかわいいところがあるようだ。口には出さないけれど、好きという気持ちが隠しきれていない。その表情を見つめながら俺は笑う。

「ちょっと、何笑っているのよ?」

「どうして、俺の家族を助けるのを優先させた? 自分でまず幼馴染をたすければよかったのに」

「だって、光《ライト》君の家族は亡くなっているけれど、幼なじみは生きている。それに、意識もあるから。本当は、怖かったの。不思議なスマホを持っても、私一人ではどうにもならない。でも、友達でそういった頭脳をもっている仲のいい子もいない。そんなときに、新聞記事で火災のニュースを知ったの」

「なるほど、俺は実験台ってことか。たしかに、リスクや不利益があるかもしれないしな」

 俺はわざといじけた表情をしてみる。

「そういう意味じゃないの。でも、私一人で使いこなせる自信がなくて、優しくてお人好しで真面目で優秀な頭脳を持った人って光《ライト》君しか知らなかったし、一人より二人って思ったのよ」

 必死に弁解する理沙を見て楽しむ俺。

「わかったよ。でも、これはボランティアでやってやる。お前がいなかったら俺の家族は死んだままだったんだから。これで貸し借りなしだ」

 すると、理沙の顔がぱあっと明るくなった。わかりやすい奴だ。幼馴染の男もちゃんと想いを受け止めてくれるといいのにな。自分に彼女もいたこともないのに、やたら他人の恋には敏感な気持ちになる。

「じゃあ、病院に行って早速本人と相談しようか」

「彼、結構冷めていて、そういった話を信じてくれないかも」

「じゃあ、その彼のことを俺に教えろ。どうやってアプローチするか、今の本人に知らせずに過去の彼に教えたほうがいいのかも含めて検討してやる」

 いつのまにか不思議なスマホを使った解決人となった俺は、色々思考を巡らせる。

「幼馴染の名前は、草野豊。私の近所に住む高校1年生。豊の彼女はマイちゃん。私と同じ高校に通うクラスメイトで、豊にひとめぼれして、告白して、つきあうことになったというわけ。交通事故は1週間前の夕方、このあたりで車に接触したの。それで、足に後遺症が残ると、歩くときに一生足を引きずることになるかもしれないって言っていたの。だから、助けてあげて!!」

 少々必死な理沙を見て俺はちゃんとこの時代の本人に伝えたほうが理沙のためになるような気がした。

「やっぱり、この時代の本人に伝えよう。理沙のおかげで事故に遭わないと知ったら、絶対好きになるはずだ」

「そんなわけないでしょ。マイちゃんがいるし」

「マイちゃんのこと、豊が好きっていうのは告白されたから付き合おう程度かもしれないし。充分お前に可能性はあるぞ」

 俺は恩人の恋路を応援したくなった。もちろん、そういった経験が自分自身ないし、女友達もあまりいないのに、応援だけは一人前だ。

「入院先の病院に行こう」

「でも、信じてくれるかな?」

「俺の頭脳に任せろ」

 彼の入院先は市内の大きな病院の一室だった。外科入院病棟に見舞いを装い行くことにする。理沙はいつもと違った緊張した表情で向かう。いつも余裕の笑みを浮かべている理沙が緊張しているという様子は少し意外だった。案外、恋に関しては奥手らしい。彼の病室に向かうと、ちょうど豊一人しかいなかったので、話をしやすいと俺は密かに手ごたえを感じていた。

「こんにちは、大丈夫?」

 あくまでもクールに装う理沙が少しおかしくも思える。女子って好きな人の前だと意外にもおとなしくかっこよく装うという点は男子と同じなのかもしれない。お見舞い用のお菓子をさりげなく渡す。多分、この商品を選ぶのに時間をかけてじっくり選別したのだろう。俺は勝手に予想した。

「こちら、知り合いで大学生の影野光《かげのらいと》さん」

「はじめまして、草野豊です」

「こちら、お前の彼氏か?」
 豊がからかうように質問する。

「違うよ、実はすごいことができる人なの。過去の自分と連絡がとれるスマホを持っているので、今日は連れてきたんだ。事故がなかったことになるかもしれないでしょ」

「どういう意味?」

 不思議な顔をした草野豊。

「実はこのスマホを使って過去の草野君に連絡を取ろうと思う。そうすれは、事故を回避できるだろ」

「言っている意味がちょっとわからないというか……そういった空想的な非科学的なことは信じない主義で」

「この人、日本一難関と言われる難関大を現役合格した理系男子だよ」

「俺も難関大を目指しているんで、話を聞かせてもらえませんか?」

 草野が食いつく。なるほど、難関大の生徒と言えば草野が食いつくとわかって俺を選んだのかもしれないな。俺は、意外にもちゃんと色々考えているJK理沙の計画性について見直した。

「このスマホで俺の家族は生き返ったんだ」

 あまりにも突拍子がない話だったので、草野は突っ込むこともせず、ただ俺を見つめた。

「実は俺の家は火災で全焼して、俺以外の家族が死んだ。しかし、このスマホに出会って、過去の自分と連絡して犯人を捕まえて、火災を阻止した」

「まさか、そんなファンタジーな話ないですよ」

 彼は驚く。それはそうだ。しかし、ここは何としても信じ込ませないといけない。

「じゃあ、君が話したい人で、今はもうこの世にいない人と連絡してみないか?」

「死んだ妹がいるのですが、妹と話ができますか?」

「相手が話すことができる年齢ならば大丈夫だ」

「妹は病気で亡くなったから、その事実を変えることはできないですよね?」

「それは、難しいよね。連絡するだけで直接病気を治すとか、事故から自分が守ることはできないけれど、声を聞くことはできるよ」

「そうなのか、俺は普段そういったことを信じないタイプなんですけどね。でも、声だけ聞きたいな」

「じゃあ話したい年月日を入力して。あとは、電話番号」

「妹は携帯電話持っていなかったし、自宅にかけて代わってもらうのも怪しい人だと思われそう」

「兄として妹に用事があるからってかけてみたら?」

「でも、2年前と俺の声も変わっていると思うし」

「大丈夫。意外と電話の声って特徴でしかわからないものだぞ。電話で詐欺が流行っているだろ。見えない分、身内だということを勝手に信じてしまう人間の心理があるってことだ」

「じゃあ、どうせ、今の家族にかかるっておちだろ」

「でも、妹と話したいから君はスマホに年月日を入力しているんじゃないのか?」

「家族が出かけている可能性もあるしな。過去のこの時間に在宅しているか覚えていないけれど、多分夕方以降ならばいると思う」

 理沙は真剣な表情で見守る。きっとこの少年のことが大切なんだな。だから、幸せになってほしいという気持ちだろう。

 少年の手は少し震えているように思えた。半ば強引に勧められて電話をかけているだけなのだが、やはり信じ切れていないような顔をしている。ここはフリーハンズにしてみんなで聞いてみることにした。

「あ……つながった」

 少年は不思議そうな顔をしながらスマホを片手に耳を澄ませる。俺たちも真剣に見守る。

「もしもし、草野です」

 お母さんの声のようだ。

「もしもし、俺だけど。いぶきいるか?」

 いないはずの人間の名前を言ってみる。普通の電話で自宅にかければいるはずはない相手の名前だった。

「豊? いぶきにかわるよ」

「おにーちゃん? いぶきだよ」

 小学生低学年のようなかわいい女の子の声だ。いぶきちゃんがいたようだ。やはり、過去につながっていたのだ。

「いぶき、何してた?」

「いぶきはね、今テレビ見てたよ」

「何を見てたんだ?」

 涙があふれそうになるのをぐっとこらえる豊の姿があった。

「うたのテレビ」

「いぶきは歌が好きだったからな」

「また、いぶきにかけてもいいか?」

「毎日会えるのに?」

「いぶき、体を大事にしろよ」

 ただいまーという声が聞こえる。その時代の豊が帰ってきたらしい。

「じゃあ、またな。元気で」

 そう言ってスマホを切る。これはとても不思議だが、話したいけれど今は話すことができない相手と電話をするという極上の不思議な時間だった。豊は目頭を押さえた。

「ありがとうございます」

 深く礼をする彼からはお金で買えないものをもらったような気がした。

 このスマホはお金で買えない大切な時間を与えてくれるものだということをいまさらながら実感した。きっと、死んだ大切な人と話したい人はもっといるはずだ。そういった時間を届けられたらいいのに、そんなことを考えていた。でも、このスマホが表ざたになれば、スマホの奪い合い、盗み合いということも考えられる。やはりあまりたくさんの人に教えないほうがいいだろう。

「こんにちは、理沙来てたの?」

 いい場面で豊の彼女らしき女子がやってきた。マイの顔立ちはかわいいが、理沙だって負けてはいないと思う。そう考えると、この幼馴染カップルが成立するのも時間の問題だろう。俺は密かに恋のキューピットとして立候補していた。そうすれば、このスマホを使いたいときに使わせてもらえるだろう。第一発見者は理沙だしな。しかし、彼女のマイにスマホの存在を知られないほうがいい。

「こんにちは。豊の彼女のマイです。あれ? 出前授業の大学生ですよね?」

「こんにちは。実は理沙さんの家庭教師をすることになって、難関大をめざしているという豊君に大学の話をしに来たんだ。入院中の彼を励まそうっていう理沙さんの提案だよ」

 ここは適当な嘘を入れておく。スマホの話を秘密にしつつ、自然に俺がいることを受け入れさせるにはそういった話のほうがいい。

「それは、よかったじゃない、豊」

「ちょっと色々話があるから、理沙さん、マイさんと少し時間潰してきて」

「あ、はい」

 俺の目配せに気づいたのか理沙はすんなり廊下の方にマイを誘う。自然な流れで二人になった。これで、事故を未然に防ごう。

「スマホのことはあまりたくさんの人には話さないほうがいいから、適当なことをいってすまん。とにかく今は、過去の自分に事故に遭わないように伝えるんだ」

「時間は、どれくらい前にすればいいですかね?」

「こういった内容は通話よりメッセージのほうがいいと思うんだ。時間は事故に遭う3日前くらいでいい」

「でも、過去の自分がメッセージを無視したり信じなければ結果は変わらないですよね?」

「でも、何度でもこのスマホは使うことができる。ダメな時はもっと過去の自分に伝えるとか、違う言葉にするか」

「でも、事故に遭うからっていわれても、俺は信じない主義だと思うんですよね」

「じゃあ、嘘を書いてみたら」

「嘘?」

「例えば、好きな子に告白されるから、ここの道を通れとか、あえて違う道を指定するとか」

「たしかに、それはあるかも」

「彼女と付き合ったのっていつからなんだ?」

「実は事故に遭ってお見舞いに来た時に告白されて……」

「弱っているときに恋の女神が来たーみたいな?」

 少し照れた顔をする草野。クールな彼にしては珍しい。

「本当は、理沙のことが好きだったんだろ? 幼馴染って実は好きだったということあると思うし」

「あるわけないですよ」

「またまたー、照れてるんだろ。俺には本当のことを話せ。理沙には秘密にしておいてやる」

「影野さんこそ、理沙のこといいと思っているんでしょ?」

 誤解されているのか?

「俺に限って恋愛感情はない。むしろ、草野君の恋を応援したい。マイさんのことは弱っているときに告白されてとりあえず付き合ったとか、だろ?」

 俺は名探偵のごとく推理を披露する。

「いや、実は以前マイに会ったことがあって、一目惚れだったんです。まさか告白されるなんて思ってもみなくて」

「え……? マジで理沙のことは好きじゃないのか? 照れ隠しだよな?」

「理沙と一緒にいるマイのことで俺は頭がいっぱいで……」

 理沙、完全失恋じゃないか。幼馴染あるあるという幻想は簡単に砕け散った。俺は他人事にもかかわらず、がっくりしてしまった。この事実を理沙には気づかないようにさせないとな。理沙は恩人だ。

「じゃあ、メッセージにマイさんを装って、メッセージ入れておけ。事故があった通りを通らないで行ける公園を指定するのがベストだ。そして、過去のマイさんのスマホにも大事な話がある、草野よりと書いて、日時をメッセージしておくんだな」

「じゃあ、事故のことは一切書かないということですか?」

「両想いなんだろ。疑り深い性格ならば事故の話より、恋愛ネタで誘導したほうがすんなりいきそうじゃないか」

「ありがとうございます。勉強だけでなく恋愛にも詳しいのですね」

「まぁ、恋愛は小説や漫画でたくさん見てきたからな」

 俺の場合自身の経験は、残念ながらほぼゼロだ。高校生に負けている恋愛経験。しかし、他人の恋愛の手伝いは得意だからな、なんて胸を張れる話じゃない。

『1月20日放課後5時に北公園で待ってます 理沙の友人マイより』
『1月20日放課後5時に北公園で待ってます 草野豊より』

「これをそれぞれの過去の携帯に1月19日の夜に送ろう」

「やっぱりシンプルな文章力と発想力はさすが難関大だけはありますね」

 そう褒められたものじゃないが、すべて架空の物語で学んだだけだ。

 その少し後、草野の体はケガのない状態になり、マイと付き合ったというきっかけが変わった。そして、交通事故の事実はないものとなった。入院していて突然事実が変わるというのは変な話だが、あるとき、過去が変わった時に目の前が急に変わる。しかし、まわりの人はそれを当たり前のものとして、受け入れる。それがこのスマホの威力らしい。しかし、スマホの所有者の記憶だけは以前の記憶が残っている。これも不思議だ。俺と理沙だけが知る事実となった。

「あれ、俺、ここで何していたんだろ? 植物学興味あるんです。もっと話聞かせてください」

 そう言うと、草野は自分の連絡先を俺に渡してきた。そして、何事もなかったかのようにマイと手をつないで帰宅した。草野には事故やケガの記憶はないらしい。しかし、俺との接点はうまい具合に覚えているようだった。

「どうやって彼を救ってくれたの? 事故って言っても信じてくれないでしょ?」

「だから、一工夫したんだ」

「どうやって?」

「秘密」

 まさか、恋の力で両想いの二人を引き合わせて、事故を防いだなんて言えないだろ。失恋を自覚している理沙に二重の失恋はさせたくないからな。

「じゃあ、またこのスマホで人助けしようか。そうだ、うんとお金持ちを助けて、いっぱいバイト料もらおうか」

「基本、俺は悪人は助けない。スマホのことは、なるべくたくさんの人に知られてはいけない。スマホを狙って犯罪を犯すものがでてくるかもしれないし、国の研究機関に没収されちまうかもしれない。幸い草野みたいに使用した人間は忘れるようだ。しかし、これは本当に困った人や死んだ人と話したいという純粋な気持ちを持った人に使ってもらいたい」

「本当は、これで一儲けしたかったんだけどなぁ」

「欲張ると自分に災いがふりかかるぞ。俺たちにしかできないボランティアだけど、たまにはお金持っている人から少し謝礼くらいもらってもかまわないだろ。俺たちだって時間裂いたり交通費だってかかるんだからな」

「そうだね。ありがとう、豊のこと助けてくれて」

 彼女ははじめて一粒の涙を流す。

「うれしいけれど、さびしい感情ってはじめてだ」

 彼女自身も戸惑っている感情。それは、彼が事故に遭わないですんだ喜びと、好きな人から失恋したという感情なのかもしれない。

「ほら、今日は俺が何かおごってやるから、元気出せ」

俺は理沙の頭を撫で、励ましてみる。女性に慣れていない俺にできる精一杯の励まし方だ。

「やっぱり優しい! ライト君が相棒でよかった! 私のことは理沙って呼んでいいよ」

理沙が抱き付く。意外と人懐っこい理沙との距離をつかめずに戸惑いながら、俺たちの心が1つになって動き出した。俺たちはいかに頭脳とコミュニケーション力を駆使して人助けをするのか、慎重な判断力が求められる。そして、人々の最後の光になるべく動き出そうとしている。

 もし、不思議なスマホがあったら、あなたは誰に連絡しますか? それを使いこなすには、頭脳力や判断力を最大限に使わないと希望通りにはいかないかもしれません。過去の誰かに文字や言葉で伝えるのは、案外難しいものですから。

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