隠れお嬢様と敏腕上司の㊙恋愛事情
「俺のこと、ずっと避けているよな?」
「そうかなあ」

少し動けば体が触れ合ってしまいそうな小さなソファーに座る私と隼人。
お互いに前を見ながらポツリポツリと話す言葉は、会話のようでいて独り言にも聞こえた。

「桃、ちゃんと俺を見て」
しびれを切らしたように、隼人が私の方に体を向けた。

「隼人・・・」

いつもの私なら「見ているわよ」と言い返すところだろうが、今の私は隼人を直視することができない。

「今月いっぱいで、俺は一条プリンスホテルを退職する。急なことで驚かせただろうが、これは俺自身が決めたことだ。桃にはもっと早く話すべきだったと思うが、今後のこともあるからはっきりしてから伝えたかったんだ」
「そう」

今後のこと。それはきっと新しい生活って意味で、私との別れってことだろう。
やはり私と隼人の関係は終わってしまうのだ。
それはわかっていたことで、私自身も望んだ選択。
それでも・・・

「桃、すまない。でも、もう少しだけ頑張ってくれ」
言いながら、隼人が私の手に自分の手を重ねた。

私は今でも頑張っている。
突然の別れを直接話してももらえず、いきなり目の前から消えていく隼人に文句も言わず、愛してくれた両親のもとを去って一人で子供を育てようとしている。
こんな時こそ隼人にしがみつきたい気持ちを押さえて平気な顔をして頑張っている。
それなのに、これ以上頑張れなんて・・・
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