隠れお嬢様と敏腕上司の㊙恋愛事情
「桃は不満かもしれないが、川村君自身も秘書室での勤務を望んでいたし、しばらくはここでの勤務を頼む」

私がここでの勤務に不満を感じていることは、お兄ちゃんも気づいていたらしい。

「本当に川村さんが異動を希望したんですか?」
どうしてもそうは思えなくて、聞き返さずにはいられなかった。

ここにいる方が絶対に楽できるし、素敵なお客様との出会いだってある。
隼人や先輩たちが近くにいれば手も抜けないし、仕事も事務作業中心で華やかさもない。
川村唯にとって秘書室は働きにくいんはずなのに、わざわざ希望したのはなぜだろう。

「彼女、今は隼人を狙っているらしいぞ」
「え?」
一瞬私は息が止まりそうになった。

「そんなに驚くことは無いだろう。隼人はいい男だ」
「それはそうだけど・・・」

「確かに谷口課長はもてそうですよね」
優也さんまで隼人のことを口にする。

「ああ、大学時代の隼人はめちゃくちゃモテたぞ。何しろ優しいからな、彼女がいなかった時期はなかったんじゃないか」

へーそうなんだと、人ごとみたいに感じている自分がいる。
男女の仲になったとはいえ付き合っているわけでない私たちは、お互いのプライベートには干渉しない。
だからかな、隼人の過去なんて聞いたこともなかった。

「桃さんはどう思う?」
「どうって、何が?」
「谷口課長みたいな人だよ」

優也さんに深い意図はないのだろうと思う。
けれど、この話題は凄く居心地が悪い。

「お兄ちゃんの友達なんて、無理よ」

決して嫌いだと言ったわけではない。
ただ、恋人としては考えられないと言っただけ。これは嘘ではない。
これ以上この話題を続けたくなくて、私は自分のデスクへ戻った。

それからしばらく、お兄ちゃんと優也さんは隼人の話題でもり上げり、私は隼人と川村唯の顔を思い浮かべながら悶々と過ごすしかなかった。
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