新くんはファーストキスを奪いたい
「鞠、話聞いてた?」
「……」
耳もある、北斗の声も聞こえる。
なのに、この降り続く雨音でかき消されたらいいのにと願うのは。
「だからあいつは、好きでもない女とそういうことができる最低な男なんだよ」
知ってしまったら、きっと自分の心が傷つくと鞠はわかっていたから。
「鞠が傷つくの、俺は嫌だから……」
(ああ、そうか……)
逃げていただけ、認めたくなかっただけで。
新への好意を抱いてしまったから傷つくんだ、と地面を見つめながら鞠はようやく理解した。
だけど止まった足は再び歩きだそうとはしてくれなくて、雨は停止した体を徐々に冷やしていく。
「鞠?」
「……私はもう、とっくに傷ついてる」
「え……?」
ただ、負った傷は今ので二度目だけど。
気付けば涙を瞳いっぱいに浮かべていて、今にもこぼれ落ちそうになるのを耐える鞠。
しかし、北斗にはそれが痛く胸に突き刺さって、どうにか慰めてあげたくて。
幼馴染の関係も、彼女の唯子の存在も、疑惑の新の存在も今だけは忘れて。
震える鞠の体を、苦しめるもの全てから守るようにそっと抱き寄せた。
「……っな、に」
「ごめん、わかんねぇ」
「は、離して」
「嫌だ」
北斗の胸におさまった鞠は、戸惑いながらも体を離そうと押し返すも。
バスケ部の腕力に敵うはずもなく、更に強く抱きしめられた。
そのバカな行動に呆れと怒りが込み上げてきて。
だけど、かつて欲しかった温もりでもあったせいで、鞠の瞳からついに涙が流れる。
「北斗も、最低な男だよ」
「っ……」
「彼女、唯子ちゃん、いるのに……何してんの」
「……ごめん」
謝る相手が違うのに、ごめんしか言わない北斗もまた、心の中では葛藤していた。