新くんはファーストキスを奪いたい



 涙を流す鞠を放っておけない感情が、ただの幼馴染としてなのか。
 それとも、幼馴染では片付けられない別の感情からくるものなのか。

 学校の試験よりも難しく、バスケのルールよりも複雑で。
 様々な方面に対する“ごめん”を北斗は繰り返した。



「でも、鞠をあいつにだけは渡したくない……」
「わ、私は……北斗のものじゃないし、北斗は今、唯子ちゃんのものだよ」
「っ、そう、だけど」
「……北斗が、そう選んだんだよ」



 鞠ではなく、唯子を――。
 その言葉で徐々に冷静さを取り戻してきた北斗が、彼女である唯子の笑顔を思い出し腕の力を弱めていく。

 そして、すかさず押し返した北斗の体は、力無く一歩後ろに下がり。
 鞠も勢い余って傘の外へと後退する。

 雨粒が、鞠の涙をかき消していった。



「……傘、今度返して」



 それだけ呟いて、鞠は自宅までの道を振り返ることなく走り出した。


 佇んだまま動かない北斗を残して、一度は欲しがった温もりを自ら手放して。
 雨が降り続く中を、バシャバシャと水飛沫を起こしながらひたすら走った。


 ある人が言っていた。
『ま、振られても新とキスできるんなら損は無いよね〜』

 そして梨田は言った。
『さっきの会話、あまり深く考えない方がいいよ』

 だけど北斗も知っていた。
『好きでもない女とそういうことができる最低な男なんだよ』



(新くんは、私を選んでくれた……)



 あの告白もデートも、手を繋いで微笑み合って歩いたことも、嘘ではない。
 だけど、鞠は――。



(私は、好きな人とキスがしたい……)



 もうすぐ自宅というところで、今まで以上に目頭を熱くさせた鞠は声を殺しながら泣いた。

 新のことが好きだと確信したから、初めて自分の恋が実ったから。
 だけど、新のことを選べないと悟ってしまったから、泣いた。


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