新くんはファーストキスを奪いたい
翌日には熱も下がって、いつも通り電車を降りた鞠は高校までの道のりを歩いていた。
丸一日寝込んだおかげで、今はすっかり気持ちを切り替えられたように足取りは軽い。
一番気兼ねなくメッセージのやり取りができる梨田からは、昨日のうちに報告が来ていた。
予定していたクレープ作りの練習は、鞠が不在のまま残りの三人で行われたこと。
鞠から返信がなかった新と恭平が、かなり落ち込んでいたこと。
そして、新の疑惑については「きっと誤解だよ」と何度も励ましてくれた梨田の文章。
その優しさに触れて、少しだけ心が回復したように思えた。
だから、きっと大丈夫!と大きく深呼吸した鞠は校門を潜って校舎に入った。
「おはよー」
「あ! 鞠ちゃん!」
「三石さんおはよ〜!」
教室に到着すると、鞠の席付近には既に登校していた梨田と恭平が雑談中だった。
鞠の姿を見るや否や、パッと笑顔を向けてくれた二人に、一日ぶりに顔を合わせた鞠も安堵する。
「もう体調は平気?」
「うん、梨田さん色々ありがとね」
「鞠ちゃん! 俺のメール既読スルーしたっしょ!」
「ご、ごめん……」
「元気そうだから許すけど! 悲しかった!」
拗ねながら許してくれた恭平が、本当に心配してくれていたことは伝わって。
鞠も梨田も微笑み合い、恭平の人柄の良さを認めた。
すると、三人の下に慌てた様子で歩み寄ってくる新が、鞠の視界に映る。
一瞬緊張が体に走るも、きゅっと口元に力を入れて笑顔を作って対応する。
「おはよ鞠、大丈夫?」
「お、おはよ。もう大丈夫!」
「本当に?」
「本当だよ。三人とも、昨日は練習参加できなくてごめんね」
最低限の会話。当たり障りなく。悟られないように。
それが鞠の今できる精一杯の接し方だった。
けれど、新はまだ物足りなくて鞠に声をかけようとした時。
それよりも先立って、鞠が梨田との会話を盛り上げていく。
「昨日のノート写しても良い?」
「もちろん! そう言われると思ってコピーしてきたよ」
「え、すご! さすが梨田さんありがとうー!」
昨日は体調を崩していた鞠だから、こうして元気になったことを確認できて嬉しい反面。
いつもより元気が良すぎることと、視線が合っても直ぐに逸らされることに。
新は少しだけ違和感を覚えていた。