新くんはファーストキスを奪いたい



 鞠が学校を一日休んでから一週間ほどが経ち、学祭準備もいよいよ大詰めを迎える。

 明日はいよいよ本番のため、昼休み前の教室も慌ただしく活動を行っており。
 昨日も今日も丸一日学祭準備に当てられている時間割に、そろそろ勉強感覚が麻痺しそうだった。

 学校全体の至る所で飾り付けや制作が急ピッチで進められ、お祭りの雰囲気が生徒たちをより高揚させた。


 そんな中、教室の片隅で調理器具の確認を行う鞠。
 梨田や同じ調理担当の生徒たちと談笑しながら、楽しそうに作業をしている。

 その笑顔を無意識に眺めていたのは、当日客引きを任されている新だった。

 傍らにはプラカード作りに励む果歩たち女子と、他の男子も混ざる中。
 作業には加わらず、ただ鞠だけを見つめている。



(何か、おかしい)



 毎朝鞠に送っていたメッセージの返信が、体調不良で休んだ日を境に業務的になった気がする。

 相変わらず学校では関わるチャンスがないけれど、恭平を通して会話ができた時の表情も。
 自分に向けられる笑顔だけが、作り物のように感じるのは何故か。

 新がそんなことを考えていると、プラカードを完成させた果歩が視界を遮ってきた。



「あーらた! 完成したよー!」
「ああ、おめでと」
「当日は他の男子がポラカード持ってくれるって。ビラ配りは私たちがするから」
「俺要らなくない?」
「新は必要不可欠! たくさんのお客さんを虜にしてね」



 いちいち突っ込むのも面倒になり、新はため息をついて一枚のビラを持って目を通す。

 そこには“一年一組のクレープがあなたを虜にします!”というキャッチフレーズも書かれていて。
 冷めたような視線をその漢字だけに集中させた。

 虜にしたいと思う人は、一人しかいないのに。
 その一人さえも、まだ手の届かないところにいるのに。

 周囲のイメージと期待が、一条新という人間を確立していく気がしてやるせなく思う時がある。


 新の表情に影が落ちて、教室内の雑音が遠のいていた時。
 突然、一年の教室に訪れた佐渡委員長の声が新と鞠の名を呼んだ。


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