新くんはファーストキスを奪いたい



 ピシャン!

 講義室の引き戸を閉めた音が、暗幕カーテンの閉じられた薄暗い室内に響くも直ぐに静けさを取り戻す。

 出入り口近くの壁に背中を預けて、追い込まれていた鞠は。
 その両肩を掴み、憂いを帯びた表情の新に見下ろされていた。



「ひ、昼休みになったよ……」
「そんなのいい」
「でも」
「いいから、俺の話聞いて」
「……っ」



 映画を観た時と同じような薄暗い空間にもかかわらず、目の前の新は初めて見る顔。
 いつもとは違う空気を察した鞠が固唾を呑むと、ようやく新の唇が動いた。



「キス、したい」
「は、い?」
「今、ここで」
「なに言っ……」



 何の前触れもなく、突然そんなことを言い出した新。
 鞠は動揺しながらも、顔は強張り心臓は重音を鳴らして加速していく。

 だけどいつもと違う様子を感じていたからこそ、それが冗談でも揶揄っているわけでもないことが伝わって。
 次第に、頬が真っ赤に染まっていった。



「鞠は俺のこともっと知りたいって言ってたよね」
「……だ、だけどキスって、それは」
「これが俺だよ。告白の返事、急いでないと言いながら本当は」
「っ……」
「本当は待ってられないし、鞠の夢を壊してでも今すぐファーストキスを奪いたいってずっと思ってる」



 真剣に訴えかける新の瞳が、鞠の姿を捉えて離さない。

 自分のことをここまで好いてくれる人なんて、今までいたことがなかった鞠。
 知りたい。触れたい気持ち。キスを望む言葉。

 恋をしたことがあるからこそ、新の気持ちはよくわかる。
 それはとても光栄で喜ばしいことで、新を好きだと自覚した鞠もまた、同じ気持ちを抱くはず。


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