新くんはファーストキスを奪いたい



 今見た光景への理解と処理が追いつかないまま、音を立てず自分の存在がバレないよう後ずさりした鞠は。
 まるで忍者になったように、足音もないままその場を離れた。

 徐々に状況を理解した頭の中では、先ほどまで思い描いていた告白シーンが、ひび割れ粉々に崩れ落ちていく。

 用意していた言葉も、恋する心も告白する勇気も。
 自分の気持ちに気づいてからの三年間、見続けてきた北斗の笑顔が霞んでいった。



(誰かのものに、なっちゃった……)



 早くも遅くもない、一定の歩幅で静かに廊下を歩く鞠。
 しかしその中身は絶望感でいっぱいで、耳を塞がれたように外部の音を遮断する。


 最近の北斗が、温かい雰囲気に包まれているように感じた理由が、今ようやくわかった。

 北斗に片想いしていた鞠に同じく、北斗もまた、誰かに恋をしていた。
 そしてそれは、キスを許される恋仲までに発展していたからだ。

 鞠の知らないところで――。



「……バカみたい」



 そんな事になっているとも知らず、マイペースに北斗を想い。
 危機感を覚えてようやく告白する決心がついた時には、もう手遅れだった。

 顔はよく見えなかったけど、ホイッスルを首から下げていたから、部活の関係者。つまりマネージャーかもしれないと予想する。

 きっと北斗のことだから、可愛くて素敵な子なんだろうなと。
 幼馴染としての感想は芽生えるも、やはり失恋直後の鞠には素直に喜べなくて。

 生徒玄関前に到着した頃には、大粒の涙が瞳からこぼれ落ちていた。



(うう〜、最悪だ……)



 学校でこんな醜態、晒したくない。
 手の甲で涙を拭いながら、早くここから立ち去りたい気持ちが重なって、動作に焦りが生じると。
 履き替えるはずの外靴は掴み損ねて無造作に床に落ち。
 肩に掛けていた鞄がずり下がって、教科書も数冊落としてしまった。


 不幸の続く鞠はもう、心が空っぽで。
 何もかもがどうでもよくなってしまっていた、その時。


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