新くんはファーストキスを奪いたい
その時、鞠の名を呼んで目の前に現れたのは、腕まくりをして準備が整った様子の新。
颯爽と現れた姿に、痛みを耐える鞠は言葉を失っていて――。
(ど、どうして……)
「梨田さん、早く鞠を保健室まで連れいって」
「い、一条くん⁉︎」
「ここは俺と恭平でなんとかするから」
「でも流石に一人でここは無理だよ」
こういう時は、同性の梨田が鞠に付き添うべきだと思った新。
もちろん、直ぐに鞠を保健室へ連れていきたいのは山々の梨田だったが、同時に新一人に調理現場を任せることも正直気が引ける。
ワンオペを心配して行動できない梨田に対して、新は自信満々に返答した。
「俺一人で三人分働けるから」
「え……?」
「だよな、鞠」
そう言って、自分の腕前を知る鞠に頼もしく微笑んでみせる。
そこには鞠が徐々に惹かれていった新がいて、昨日の辛い出来事が嘘のように心へ温もりをもたらしていく。
あんな態度をとった自分に、それでも優しくしてくれる新。
忘れようと努めた想いが、鞠の中で蘇る。
「あ、ありがと……新くん」
「ほら、早く冷やして保健医に診てもらってきて」
「う、うん」
頷いた鞠は、その肩を支えてくれる梨田と共に保健室へと向かっていった。
そしてクレープの生地を焼きはじめた手際の良い新の傍らで、恭平がこそっと話しかける。
「本当は新が鞠ちゃんに付き添いたかったくせに」
「梨田さん一人にここを任せる方が、鞠は気にするだろ」
「まあ確かに。それで我慢したんだ?」
「怪我の具合も心配だけど、俺が今鞠のためにできることをする」
そう言って作業を進める新を眺めながら、誰かのために何かをする姿を初めて見た気がしていた恭平は。
鞠の存在が、それほどまでに新を変えたんだと嬉しくなる。
「よっしゃ、俺も今できることする!」
「とりあえず出来たら呼ぶから直ぐ取りに来い」
「わかってるっつの!」
昔から近所に住んでいた、腐れ縁と言っていた二人は。
高校生になって初めて、息の合った連携プレイをクラス内で披露することになった。