新くんはファーストキスを奪いたい



「はい終わり! 大したことなくてほんとよかったね」
「ありがとうございます……」



 保健室で火傷の手当てを終えた鞠と付き添いの梨田が、ほっとひと息ついていた。

 冷やした傷口に薬を塗布し、最後に包帯で保護もしてもらった左手。
 まだ少しだけ痛みは感じるものの“痕が残るほどではない”と保健医に告げられたから。

 そうして保健室を退出した二人は、やっと落ち着いた時間ができて。
 教室までの廊下を歩きながら会話を交わす。



「本当に良かったよ、安心した」
「ごめんね心配ばかり……」
「でもびっくりしたよー」
「え?」
「話は聞いてたけど本当にクレープ作れるんだね一条くん。しかも三人分の働きできるって相当な手練れ?」
「わ、私も一度しか見たことないけど、すごく上手だよ」
「へー!」



 梨田が今まで知らなかったということは、先日のクレープ練習で新の腕前は披露されなかったらしい。

 自分だけが知り得ていた、新の秘密の特技。
 それが他のクラスメイトにも知られてしまうのは少し寂しいが、それでも鞠は新に感謝の気持ちが溢れる。



「……梨田さん」
「ん?」
「私、新くんにちゃんと聞いてみる。例の噂……」
「……うん、私もその方が良いと思ってた」



 やっと決心した鞠の気持ちに、梨田も応援することを笑顔で応えてくれた。

 まだ信じ難いけれど。たとえ噂が本当だったとしても。
 現時点で好きな気持ちが止められないのなら真っ向からぶつかって行くしかないと、鞠自身が覚悟を決められた。

 どんな答えが待っていようと、それを受け止める覚悟が――。



「でもまずは、危機を乗り越えないと!」
「うん、早く戻って交代してあげないとね……」



 あれから三十分が経過している。

 その間ワンオペで現場を回している新を心配して、鞠と梨田が気持ち早めに歩いていると。
 自分たちの教室前に人だかりができていることに気がついた。


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