新くんはファーストキスを奪いたい
11. ファーストキス
まだまだ学祭が続く校内では、呼び込む声や賑わう声が至る方面から聞こえてくる。
そんな中で教室を抜け出した新と鞠は、昨日気まずい出来事が起こったあの講義室にいた。
「新くん、美化委員って……」
「ごめん……鞠と二人きりで話がしたくて」
「えっ」
美化委員を口実に鞠をここへ連れ出したことを、新は申し訳なく思って謝る。
しかし、例の噂について聞きたいことがあった鞠にとっては、絶好の機会でもあったのだが。
先に話を始めたのは新の方で……。
「俺の噂、知ったんだよね?」
「あ……」
「それで距離置こうとしたんでしょ?」
「な、んで……」
新の噂。それを鞠が把握していると知っているのは、同じ瞬間に話し声を聞いてしまった友人の梨田。
そしてもう一人、鞠に直接それを伝えてきた北斗のみ。
ずっと心配をかけてしまっていた梨田が、鞠に内緒のまま新本人に教えるとは思えず。
かと言って、新に嫌悪感を示していた北斗が話すとも思わない。
どうして知っているの?と言いたげな、不安な表情を浮かべる鞠。
それに気づいた新は、鞠を視界に入れていると緊張してしまいそうだったから、顔を背けて話しはじめた。
「俺、キスってただ唇が触れ合うだけの作業だと思ってたんだ」
「……作業……?」
他人の手と手が、満員電車で肩と肩が触れ合うような感覚と同じ。
だから思春期の男女が憧れを持つキスについて、特別な考えなどなかったと話す。
ファーストキスへの特別な夢を抱く鞠にとって、その思考は冷たく無機質なものに感じた。
自分との価値観の違いを思い知らされたようで、胸にちくりと痛みが刺さる。
「だから、初めてされた告白を断った時に“キスしてくれたら諦める”って言われて、安易に承諾した」
「ッ……⁉︎」
ここまでの話は、北斗から聞いた内容と一致する。
何かの間違いかもしれないという僅かな希望が、もうすぐ絶たれようとしていた。
ところが鞠の耳に届けられたのは、その僅かな希望だった。