新くんはファーストキスを奪いたい



「だけど距離を詰められた時、本能的に回避した」
「……え、どうして?」
「その時やっと、なんか違うって気づけたから」



 ただ唇が触れ合うだけの、何の意味も持たないと思っていたキスという作業。

 だから、好意を抱いていない相手とも、作業であれば難なく唇を交わせる。

 それでキッパリ諦めてくれるなら安いと思っていたのに。
 直前で拒絶したという新は、それ以降「キスってなんでするんだろう?」と感じるようになる。

 そして、ある出会いがあった。



「鞠が落としたメモ帳が気づかせてくれた」
「え?」
「好きな人がいれば、キスしたいって思うのは自然なことで。そんな鞠の純粋な気持ちを、もっと深く知りたいって思っていたら」
「っ……!」
「俺も、好きな女の子と。鞠としたいなって……いつの間にか好きになっていた」



 恥じらいながら顔を上げた新の頬が、赤く色づいていたことを確認する。
 それに乗せて真剣で嘘の無い眼差しが、驚く鞠の瞳に刺さってますます動悸を速めていった。

 “ファーストキスは好きな人と”
 そんな、当たり前のような憧れを持っていたのは、今や鞠だけではなかったようで。

 その事実が、新への想いをより強いものに膨れ上がらせる。



「でも俺の中途半端な態度のせいで、今までずっと変な噂が流れたわけだし。あの時に俺がしっかり断っていれば」
「……もう、いいよ」
「鞠?」
「新くん悪くないもん……疑って、本当にごめんなさい」



 そう言って深々と頭を下げた鞠は、眉根を寄せて今にも泣き出しそうな顔を床に向ける。

 新と北斗の間で既に誤解が解けたことを知らない鞠。
 だから「きっとまた北斗に文句言われるだろうな」と予想しながらも、今の話を、新を信じると誓った。

 何より、普段の余裕たっぷりな新からは想像つかないほどの、焦りと不安を纏った本音が聞けた気がしたから。



「それとね。遅くなっちゃった、けど……」
「ん?」
「話が、あって……」



 ゆっくりと姿勢を戻した鞠は、目の前の新をそっと見上げる。
 徐々に心臓の音が大きく変化すると、破裂しそうになるほどの圧を感じて呼吸を忘れた。


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