新くんはファーストキスを奪いたい
学祭二日目の出店は正午までと決められていた。
午後に行われる体育館ステージでの催し物に、全校生徒が参加できるようにするため。
しかし、この日は午前中から大忙しの一年一組。
その原因は、前日に材料不足で入店できなかった人達の優先入場分と。
“俳優のようなイケメン”として、校内で有名な一条新が作るクレープを是非食したいという在校生や外部のお客さんが、噂を聞きつけて押し寄せてきた。
客引きで校内を回っていた時より、今の方が数倍の効果を得ている。
そして、パーテーションを撤去された調理場には、鞠の代わりに本日も新がクレープを作っていて。
そのお姿は、入店客にも廊下で待つ人にも公開されていた。
「新くーん!」
「こっち見てー!」
黄色い声援にも動じない新は、テキパキと作業を進めていく中。
調理担当リーダーの梨田が、そっと声をかけた。
「一条くんのおかげで大繁盛だね」
「別に特別なことしてないんだけどな」
「ふふ、そういうところも魅力なのかもね」
「?」
その台詞に疑問を抱いた新が顔を上げると、梨田は教室のドア付近に視線を送っている。
そこには怪我のため、調理担当から入場制限の係を担うことになった鞠がいて。
一生懸命に責務を全うしようと待たせているお客さんを対応していた。
「ずっと空元気だったけど、やっといつもの三石さんって感じ」
「……うん」
「それも一条くんのおかげだもんね」
「え……鞠から何か聞いた?」
「ふふ、内緒」
そんな会話をしていると、ふと顔を向けた鞠と新の視線がバチっとぶつかる。
すると、ほんのりと頬を染めながらもへらっと笑みを浮かべた鞠に、新の心も瞬時に癒された。
昨日ついにその唇を、鞠のファーストキスを自分が奪ったと思い出すだけで。
普段は感情が淡々としている新の言葉が、簡単に制御不能となる。
「鞠って、ほんと可愛いな……」
「え⁉︎ のの、惚気る一条くん初めて……!」
「あ、つい出た……」
「つい⁉︎」
あまりに普段の新らしくない姿を目の当たりにして、梨田も驚愕の顔になる。
どうやら元気を取り戻した鞠に代わって、今度は新に何か変化が起こりそう。
梨田だけが、そんな予想を密かにしていた。