新くんはファーストキスを奪いたい



「それに、俺は応えられなかったけど“好きな人とキスしたい”って三人の気持ちは、まあ、わかるし」
「っ……」
「俺も、そうだから……」



 かつて好きだった男子が、今までにないほどにピュアオーラを放っているのを感じた三人は、思わず見惚れてしまう。

 こうして無自覚に女子の心を再び掴む新だから、惑わされかけた果歩はぶんぶんと首を横に振って突然怒鳴った。



「あーもう! そーいうとこ! 新もちょっとは悪いんだからね!」
「なにが?」
「もう行こ、沼にハマって脱出できなくなる前に!」



 そう言って果歩が他の二人の背中を押し、廊下を歩きはじめた。
 でも新の中で一つ気づいたことがあって、咄嗟に果歩の名を呼ぶ。



「果歩」
「あ゛?」
「ありがとう」
「っ……!」



 怒りのせいでドスの効いた声を発し振り向いた果歩だったが、お構いなしに軽く手を振って見送る新。
 全てお見通しというような微笑みを浮かべられて、果歩も口を尖らせながら足早にその場を去っていった。


 おそらく、噂を知らなかった新の反応を見た時。
 果歩の中ではキスができなかったことよりも、嘘を振り撒いた女子たちのことが許せなかったのだろう。

 だから、嘘をついていた女子を集めたのも、みんなで謝ろうと諭してくれたのもきっと――。



(果歩が率先してくれたんだろうな……)



 そんな結論に至った新は、果歩に感謝をしつつも「女子って大変」なんて呑気に思いながら。
 ふと、疑問を口にした。



「……俺、沼なの?」



 静かに首を傾げる新は、それについての理解だけは得られなかった。


 兎にも角にも、新に振られても手切れキスができるという噂は、今日以降訂正されていくに違いない。

 三人のしていない証言が広まるのも時間の問題で、ようやく蟠りは解消される兆しがみえた。


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