新くんはファーストキスを奪いたい
横断歩道を渡りそびれた二人は、次の青信号を待つことに。
その時、鞠と繋いだ手をきゅっと強く握った新は、小さな声で呟いた。
「……自分勝手な理由だってわかってるんだけど」
「え?」
「他の男に見せたくなくて、鞠の、その露出してる肌」
「っ⁉︎」
「だから、家なら安全でしょ?」
新が自宅を提案したのは、そんな理由が込められていたのかと知って、鞠はドッと心臓が跳ねた。
毎日暑いし、なるべく涼しい服装を心がけて。だけど過度な露出にならないよう気を配ったはず。
そして一番は、新がどんな服装が好みか考えてきたはずなのに、逆に不安にさせてしまったようで。
自分のことを心配してくれていたのに、違うことが頭をよぎって変にあたふたしていた鞠は、深く反省した。
「ごめん! 私がこんな格好してきたせいで」
「あ、違うよ。今日もすごく似合ってるし(目のやり場に困るけど)」
「ほんと? こういうの、好き?」
「……うん、大好き(何を着ても鞠が大好き)」
一度は落ち込む顔を見せた鞠が、上目遣いで新の顔色を窺ってくる。
その視線にドキリとさせられた新は、たまらず頬を染めて視線を逸らしながら気持ちを伝えた。
“大好き”と言ってもらえた鞠も同じく、きゅっと胸を鳴らす。
「だから、俺だけの目に収めておきたいだけ」
「……わかった、じゃあ今日はお家デートだね!」
誤解が解けて、安心した鞠が嬉しそうに微笑み返す
そしてようやく青になった歩行者信号を確認すると、自ら新の手を引いて横断歩道を渡った。
足早に新のマンションへ向かう鞠に新も安堵はしたものの、実は少しだけ我慢を強いられることになる。
(今日も、キス以上に移行するのはやめておこう……)
露骨に警戒していた鞠の様子をみて、夏のせいにしてキス以上の思い出を残すことは断念する新。
隣の彼氏がそんなことを考えていたなんて、鞠は知る由もなかったが。
ただ、火照る体が夏の暑さのせいだけではないことくらい、自分でもわかっていて。
それをどうにかできるのは、特別な人だけということも知っている。
思い出の一頁に深く刻まれた、あのファーストキスのように。
鞠にとってすべての“最初”は、新に奪われたい。
それが鞠の、新たな憧れであり、新たな夢だから――。
fin.