新くんはファーストキスを奪いたい
鞠が落としていった花柄のメモ帳も、さりげなく机の中に忍ばせて返却することだってできたのに。
わざわざ手渡しを選んだことも、新が拾ったという事実を伝えたかったから。
委員会決めの際も、鞠が右手を挙げる素振りさえなければ、
活動に興味のない新が挙手することもなかったから。
「じゃあ私行くね。また明日学校で」
控えめに手を振った鞠が、その場に新を残して立ち去ろうとした。
『俺と三石さんで行く約束だから』
先ほどの発言は、気を利かせた新の方便であることは重々承知していた鞠。
だからこれ以上新の時間を割かないようにと、気遣ったつもりだった。
しかし、三歩進んだところで鞠の片腕が新によってパシリと拘束される。
そして新の納得いかない様子の表情が、鞠の瞳に映り込む。
「食べに行くんだろ? クレープ」
「へ? いや、うん私一人で行」
「二人で行くって言ったじゃん」
「そ、それはあの場を切る抜けるための」
「俺は本気だけど」
「……え?」
どうやら食い違いが発生して、暫し刻が止まったように辺りは静けさに包まれた。
確かに、新の発言が方便だと勝手に決めつけて、快く同調したのは鞠。
つまりこの状況は、これから二人でクレープを食べるという道しか残されていないらしい。
「え、本気なの?」
「うん」
それは、地獄を味わうまで行かずとも。
まるで一国のモテ王子様が、平民の小娘と共に森の中でお茶会を楽しむくらいには世界観にズレが生じる。
そんな意味不明な光景が鞠の脳裏に浮かんだ。