新くんはファーストキスを奪いたい
この距離は今朝、階段の踊り場で感じたものと同じだったのに。
新の目を見つめていると、金縛りにあったように体がいうことを利かなくなった。
「そんなんじゃ、大事なファーストキス奪われちゃうよ?」
「⁉︎」
耳元で囁かれた声が、全身に伝い巡っていき鞠の血圧を上昇させる。
心臓は大きく波打ち、破裂してしまわないか心配するほどで。
鞠は呼吸を止め、今にも卒倒しそうになったその時。
店の奥から、この状況を知らない女性の声が聞こえてきた。
「誰ー? 新ー?」
「俺、学校帰りにちょっと寄った」
(だだだ誰かいたー⁉︎)
その一声に息を吹き返した鞠は、直ぐに新と距離をとって呼吸を整える。
未だに収まらない鼓動は、胸元を押さえて鎮めようと試みる中。
余裕の微笑みを浮かべる新が鞠を見下ろす。
(また揶揄われた! もう嫌い!!)
鼻息を荒くさせて羞恥と怒りでぐちゃぐちゃの感情を抱いていると、
店の奥から、先ほどの声の主が姿を現した。
「あれー? 女の子連れてきたの?」
「うん、外で会った。同じクラスの三石鞠さん」
ブラウンの長い髪を首の後ろで一纏めにし、ナチュラルメイクにも関わらず綺麗な顔立ちがバレバレな二十代半ばくらいの女性。
店の関係者であることは一目瞭然だったが、肝心の新との関係がまだわからないうちに鞠は紹介された。
「は、初めまして。勝手にお邪魔してすみません……」
「大丈夫よ、私の店だから」
「店長さん⁉︎」
驚く鞠の姿を見て、新が何も説明していないことに気づいた女性店長が自己紹介を始める。