新くんはファーストキスを奪いたい
「初めまして。新の姉の一条椛です」
「お、おねえふぁま⁉︎」
「あはは噛んでるー、面白い子だね」
そう言って視線を向けてきた椛に対し、新は静かに頷いた。
面白いくらい感情豊かなはずなのに、好きな人の前ではそれを出せないところが。
新の心をくすぐる要因でもあるらしい。
鞠が目指していたオープンしたばかりのクレープ屋は、新の姉が経営する個人店だった。
その偶然に、噛んでしまったことも忘れて新と椛の顔を交互に見ると。
似ているのか似ていないのかは判断つかなくても、美しい顔であることだけはわかった。
「新が家族に女の子紹介するの、初めてだわ」
「え? あんなにモテるのにですか?」
校内では常に女子に囲まれているから、彼女の一人や二人は当たり前。
放課後もデートしたり家に連れ込んだりして、家族にも逐一紹介しているんだと思っていた鞠は、驚いていた。
「ん〜女の子と歩いてるの見かけることはあっても、新は何も話さないし」
「そ、そうなんですね」
「特別なのかもね、三石さんが」
「はい⁉︎」
思わず声が裏返ってしまった鞠は、否定して!と新に向かって目配せするも。
話を聞いていないのか、無反応のままカウンターの内側に入って材料の確認を始めた。
見限られたと腹立たしく思いながら、このままでは誤解されるので仕方なく鞠が事の経緯を説明する。
「一条くんとはただのクラスメイトでして」
「そう?」
「偶然会って連れてきてもらったんですけど、定休日なの知らなくて」
「え、新は知ってるはずよ? 今日店が休みなの」
「……え」
確かに、姉の椛が経営するクレープ屋に行きたいというクラスメイトの鞠と出会った時点で。
その店の鍵を持ち歩くほどの権力を持つ新が、定休日である事を知らせてくれれば引き返せた。
それが事実であれば、定休日を知りながらここまで連れてきた新に対し。
もはや揶揄いの次元を超えて、意地悪よりも悪質な、悪意を持っているんだと感じた。