新くんはファーストキスを奪いたい
姉である椛に是非伝えたい。
新は自分を特別には思っていない、不幸になって欲しいほどに嫌いなんだと。
だったら店内になんて入れないで門前払いして欲しかったと、鞠が悔しい気持ちを噛み締めていた時。
ずっと黙っていた新が、制服の上から黒のエプロンをつけて準備を始めた。
「だから、俺が作ってあげるんだから定休日関係ないだろ」
「……へ?」
「てことでキッチン借りるよ」
「いやいや新、もう使ってんじゃん。別にいいけど」
椛の返事も待たずに手洗いを始めた新は、鞠にクレープを作ることしか頭にない様子。
その行動は勝手だが、姉としてつい許してしまう椛は首を傾げる鞠に謝った。
「ごめんね、私は今慣れない事務作業に追われて時間なくて」
「いえ、私の方こそお忙しいのに……」
「新! 美味しく作ってあげるのよ、あと最後ちゃんと片付けておいてね」
そう言ってキッチンと材料の使用許可を下した椛は鞠に笑顔を送ると、事務作業を再開するため奥へと戻っていく。
何だか想像を遥かに超えた展開に鞠の思考が追いつかず、呆然と新の作業を見つめていたが。
ここまでしてもらう理由がないと、ようやく新に声をかけた。
「や、やっぱりわざわざ作ってもらうの悪いからストップ」
「なんで? 食べたいんでしょ?」
「そうだけど、我慢できるし……」
何より、人気の高い新にクレープを作らせたなんて知られたら、取り巻きの女子からなんて言われるか。
考えただけでもゾッとする鞠は、引き返せるのは今しかないと思った。
すると早速、クレープを焼くための鉄板にスイッチを入れ温まるのを待つ新は。
その間に小麦粉、砂糖、牛乳など生地の材料をボウルに入れて、混ぜ合わせていく。