新くんはファーストキスを奪いたい
(あああ、もうだめだ……)
ついに生ものを扱い始めてしまい、取り返しのつかない段階に入った事を察して鞠の口が動かなくなった。
今から作業を止めてもらっても、食材が無駄になってしまうだけだから。
ここはもう、新の気が済むまで付き合うしかないとして、作業を眺めることに専念する。
すると、すでにトロトロに混ぜ合わされたクレープ生地のタネが出来上がっていた。
「……一条くん、手際良くない?」
「子供の頃によく姉と作ってたから」
「だからか、そんなテキパキできるの」
新の意外な一面を知ったことにより、カウンター外から感心の眼差しでボウルの中身を見つめる鞠。
そして今度は、業務用の冷蔵庫から果物の入ったタッパーを取り出して鞠へと尋ねた。
「果物、何が良い?」
「え、選んでいいの?」
「うん、特別だよ」
「っ……」
その“特別”が本当なのだとしたら。
椛に紹介した鞠がただのクラスメイトではなく、他に理由があるのかもしれないと詮索してしまう。
そんなことあるわけないのに。
「……じゃあ、いちごお願いします」
「わかった、たっぷり入れてあげる」
「価格範囲内でお願いします」
「はは、価格なんてないよ俺の手作りなのに」
そう言ってごく自然に微笑む新は、どこか楽しそうにも見えた。
自分の我が儘でこんなことになったと思っていた鞠の心が、すっと軽くなっていく。
(一条くんは、人たらしだ)
その笑顔にすっかり気を緩ませていく鞠は、新をそんなふうに思うことにした。
そしてお手製のクレープが出来上がるのを、楽しみに待つ。