新くんはファーストキスを奪いたい



「そうだ、いくら払ったら良い?」
「いいよそんなの。素人の作ったクレープなんだし」
「だめだよ、お店の材料と一条くんの手間がかかってるんだから」



 鞄の中から財布を取り出した鞠は、価格の定まっていない新の手作りクレープ代はいくらが妥当なのかと悩む。
 そしてお店のメニュー表から相応の数字を探し当てようとしていると、カウンターから出てきた新が隣の席に座ってきた。



「お金は要らない、本当に」
「でも」
「その代わり……」



 すっと伸びてきた新の指先が、生クリームのついた鞠の口角に触れる。
 突然のことでぴくりと肩を震わせて不安げな表情をした鞠に、心が揺さぶられて。

 生クリームを拭っただけでなく、その唇に触れてみたくて気付けば鼻先を近づけていく。


 こんな間近で人の顔を見るなんて機会はそうそう無くて、ましてやそれが異性でイケメンの新だから、尚更心臓に悪い行為だと感じた鞠。

 ただ、このままではキスしてしまうと瞼を固く閉じた時。



「連絡先教えてよ」
「……へ?」



 クレープ代の代わりは、鞠の連絡先を入手すること。
 何食わぬ顔でそう申し出た新に、そんなのでいいの?と不安になりながらも承諾した鞠は、スマホを手に取った。

 同じようにズボンのポケットからスマホを取り出した新だったが、その内心で実は焦りに焦っていた。



(俺、今まじで危なかった……)



 僅かに触れただけでピクリと体が強張る鞠に、衝動的な感情でキスをしたくなってしまった。
 しかし“好きな人とファーストキス”を夢見ている鞠の願望を知っている新。

 ここで自分が無許可でキスをしてしまうと、鞠の夢を壊すことになる。
 そんなことはしたくないのに、自分の中で募っていく想いをキスで伝えたくなったのは事実。

 どうしたものかと考えていると鞠がIDを教えてくれたので、一先ず連絡先をゲットできた新は少しだけ冷静さを取り戻す。
 そこで一つの答えが導かれた。



(早く、俺のことを「好きな人」にしちゃえばいいのに)



 新が鞠の“好きな人”になれば、新の望みも鞠の夢も叶う。
 その一石二鳥を思いついた途端、新の中で火がついた。


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