新くんはファーストキスを奪いたい
さすがは上り電車。座席は既に埋まっており、鞠と北斗は吊り革を掴み並んで立っていた。
「毎日同じ混み具合だね」
「まあ、五駅先の学校まで耐えるしかないな」
「結構腕疲れるんだよ」
「で? その俳優のようなイケメンは鞠的にどうなの?」
「え! どうってどういうこと⁉︎」
さらりと話を戻された上、探りを入れてきた北斗の質問に、鞠の心臓がドキリと鳴った。
ミーハーな話や、鞠の恋の話なんて積極的にしてきたことがないのに。
今日の北斗は何だか、他人の恋愛に興味を持っているような話しぶりだった。
「好きなタイプだとか、恋愛に発展する予感ねぇの?」
「な、ないよそんなの……」
「えーせっかくの高校生ライフなのに?」
鞠が好きなのは昔から北斗なのに、こんな台詞を平気な顔して胸に突き刺してくる。
何となく自分は、ただの幼馴染であることには気づいていた。
でもそれを少しでも脱したくて、近々告白をしようと決意したばかり。
「……それに新くん、常に誰かと一緒にいるし」
「まさか女子?」
「まあ、たまにクラスの男子も混じってるけど」
「もう下の名前で呼んでんの?」
「それはみんながそう呼ぶからつい、本人の前では苗字だよ」
教室では男女グループで固まっているのをよく見るけど、その中心には決まって新がいる。
そして廊下を歩いている時に、珍しく単独行動をしてると思いきや。
後ろをついてくる女子が日替わりで必ずいたりする。
入学早々、既に人気者の新に近づくなんてこと自体、平凡な鞠には縁のないこと。
それに、幼馴染の北斗以上に心を許せる異性なんていないし、と視線を落として自分の恋の行く末を案じた。
「でもほら、鞠の願望」
「え?」
「“好きな人とのファーストキス”が遂に、高校で叶うかもしれないじゃん?」
好きな人は目の前の北斗なのだから、夢見るファーストキスの条件は北斗が相手となることだ。
それを知らずに、幼馴染である鞠の願望が叶うことを応援してくれる北斗に対して。
「はは、どうかなー?」
ガタンゴトンと揺れる車内で、そう返事をするのが精一杯だった。