新くんはファーストキスを奪いたい




「……り」
「……」
「鞠」
「え! あ、何?」
「女子更衣室、通り過ぎてる」
「あ、ほんとだごめん」



 一方、考え事をしていた鞠は向かっていたはずの更衣室を素通りしていて、男子更衣室へと向かう新に指摘をされていた。

 ぼうっとしていたことを謝りながら、鞠の頭の中では先ほどのやりとりが繰り返されていて、なかなか忘れられずにいる。



『彼氏できたの?』



 きっと北斗は、昨日に引き続き今日も鞠と一緒にいた新のことを、彼氏だと勘違いしたのだろう。


 クレープの件もあるし変な噂を流されても困るから、事実ではないことは早めに否定しておきたかった。

 ただ、鞠に彼氏ができたとして、北斗に何の関係があるのか。とも考える。



(お祝いでもしてくれるの? グループデート提案される? うわ絶対やだやだ)



 そんなものじゃない。
 自分だけ恋人ができた後ろめたさ、抱えている少しばかりの罪悪感を無くしたいため。
 だから私にも早く彼氏ができて欲しいと願っているんだと、鞠は思っていた。


 すると表情が冴えない鞠を心配した新が、今その頭の中を支配している事柄に自分を上書きさせようと試みる。



「そんなに俺の着替え見たいの?」
「うーん……はっ⁉︎ 何言ってるの!」
「男子更衣室についてくる気配したから」
「そんなわけないでしょ!」
「すぐ本気にする、冗談だってば」
「〜〜意地悪っ!」



 一気に腹立たしい気持ちが湧き出た鞠は、悪戯混じりに微笑む新を睨むと鼻息を荒くしたまま女子更衣室に入っていった。


 そして一人廊下に取り残された新はというと、静かに優しい笑みを浮かべて作戦成功を喜ぶ。



(そうやって、俺の事だけ考えていればいいよ)



 先ほどまで北斗の一言を気にしていた鞠の脳内は、直前の冗談による新への怒りで一色となっていたから。

 少しずつ鞠への独占欲が強まる新は、気分を上げたまま男子更衣室へと入っていった。



 一方で、それが新の作戦とも知らない鞠は、頬を膨らませて上着ジャージのファスナーをジャっと下ろす。



(やっぱり新くんって意地悪!)



 普通に会話ができていると思った矢先にこんな揶揄われ方をされて、本当の新は一体どっちなのかと鞠は戸惑いつつあった。

 制服に着替えながら怒りを鎮めはしたものの、今日は新のことを無視しようと誓うのだった。


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