新くんはファーストキスを奪いたい
本日の授業が終わり、帰り支度を始める鞠。
その後ろの席では同じく、恭平がカバンの中に教科書を詰め込んでいて何やら急いでいる様子。
「恭平くん、用事でもあるの?」
「いや、採用されたからお礼言いたくて店に顔出そうかと」
「あ、椛さんの?」
「うん」
アルバイト採用がよっぽど嬉しかったのか、すでにやる気に満ち溢れている恭平を少し羨ましく思った。
失恋したばかりの自分は今、夢中になれるようなものがなくなってしまったから。
「私、近々お店行きたいなぁって思ってるんだ」
「え? まだ来たことなかった?」
「定休日に行っちゃったんだよね」
「はは、なるほど!」
「だから今度恭平くんがバイトの時に、応援も兼ねて行ってもいい?」
お店のクレープも食べたいし、同級生の働く姿は刺激になる。
アルバイトへの興味も湧くことを期待して提案した鞠に、恭平は快く受け入れてくれた。
「もちろん! おいでよ新と」
「え! 一人で行く予定だよ」
「何で? 新もクレープ好きだし作れるんだよ」
「へ、へぇ……」
それは知っている、と言いそうになるのを必死に抑えて知らないフリをした鞠。
しかも新の手作りクレープを食べたなんて話してしまったら、誤解を生むかもしれないから。
昨日の出来事は、例え新の親しい人でも他言してはいけない気がしていた。
「勤務日決まったら教えてね」
「うん! 椛姉ちゃんにも伝えておくよ」
「ありがとう」
恭平と良い関係を築けていて素直に嬉しい鞠は、微笑み合った後にふと視線を外した。
すると、教室のドア付近で女子に手を引かれる新の姿を発見する。