新くんはファーストキスを奪いたい
恐らく、一緒に帰ろうとせがまれているような雰囲気がして、鞠も心配そうに見つめていたのだが。
一瞬、新の視線がこちらに向いて目が合うも、すぐに逸らされて女子と共に教室の外へと消えていった。
「何だあいつ、挨拶くらいしろよ」
「た、大変そうだったし余裕なかったんじゃない?」
「鞠ちゃん優しいなぁ、じゃあまた明日ね!」
「うん、また明日ー」
恭平を見送って自分も帰り支度は終えたのに、何故か足が動かない鞠。
先ほどの新の視線が、少しばかり不機嫌さを纏っていたように見えたのだが、気のせいか。
不安に駆られて胸の奥でチクリと軽い痛みを感じたが、思い違いだと言い聞かせた。
すると、廊下を走る足音が聞こえてきて、徐々に近付いてきたと思ったら。
鞠のいる一組に用事があったようで、黒髪ショートボブにメガネをかける上級生の女子生徒が現れた。
「すみません、美化委員の人いますか⁉︎」
「あ、はい私です」
「はーよかった、帰ってなくて助かった!」
「?」
大急ぎでここまでやってきたのか、乱れた呼吸を整えようと胸に手を当てて近寄ってくる女子生徒。
何事かと思って身構えていると、メガネのズレを直しながら自己紹介してきた。
「私、三年で美化委員の佐渡です。連絡事項をすっかり忘れていて」
「そうですか……」
「来週の月曜日放課後に早速委員会があるので、一年生は全員参加してください」
「わ、わかりました」
「そしてこの情報、明日一年の委員に伝言お願いします」
「え! 私がですか⁉︎」
「じゃ、頼んだよー!」
佐渡は用件だけを一方的に伝えると、鞠に一仕事任せて教室を出ていってしまう。
多分その足で、今度は二年生の階へ行き委員を探すのだろう。
拒否権はないこの状況に、明日は一年の各クラスの美化委員へお知らせして回らなくては、と鞠は考えた。
そしてもう一人、同じ委員の新にも。
(あ、新くんには今日のうちに知らせられるじゃん)
昨日連絡先を交換したことが、早速役立つ時がきて驚く鞠。
同じ委員会に所属する者として、連絡先を交換したことは正解だった。
夜、落ち着いた頃にでもメッセージを送ろうと決めた鞠は、カバンを肩にかけて教室を後にした。