新くんはファーストキスを奪いたい
それから別の高校へ進学した同級生の話や、部活の話をしているうちに。
滝谷高校前の駅に到着した二人は、電車を降りて徒歩五分の校舎に到着した。
「じゃあな鞠、頑張れよ」
「北斗もね」
生徒玄関で北斗と別れた鞠は、また一日が始まって間もないはずなのに疲れを感じていた。
鈍感な北斗の無神経な質問に苦しまされ、無理に微笑んでいた表情筋が既に怠い。
全ては自分がさっさと告白しなかったから。
それも痛いほどわかっているが、フラれた時のことを考えると慎重になるのも仕方ない。
しかし、鞠の“好きな人とのファーストキス”を叶えるためには。
北斗とそういう行為が許される関係にならなくてはいけないから。
ファーストキスはもちろん憧れている。
でも決して誰でも良いわけじゃない。
自分が心から“大好き”だと思えた男の子としか、この願望は叶わないのだ。
まずは告白方法を念入りに考えなくては、とやる気を呼び起こした鞠が急いで上履きを履いていると。
背後を通った生徒の腕に手が当たってしまった。
「ごめんなさ……⁉︎」
「おはよ、鞠ちゃん」
「お、はよ……一条くん」
振り向いて謝罪した相手があの“俳優のようなイケメン”こと、一条新だっただけで、
鞠の心臓は口から飛び出る勢いだ。
挨拶を交わして直ぐに通り過ぎていく新の背中を見つめながら、
電車内で交わした北斗との会話を訂正する。
(一条くんが一人でいるところ、初めて見た)
常に取り巻きがいて、入学してから一度も話したことがなかった。
そんな新と一週間経った今、やっと一言挨拶を交わした事に妙な感動を覚えた鞠は。
(なんていうか、街中で芸能人を発見した感覚……)
未だ心臓の鼓動がやや早い鞠は、深呼吸をしたのち。
教室へと向かって歩きながら入学当時のことを思い出していた。