新くんはファーストキスを奪いたい



 それから別の高校へ進学した同級生の話や、部活の話をしているうちに。
 滝谷高校前の駅に到着した二人は、電車を降りて徒歩五分の校舎に到着した。



「じゃあな鞠、頑張れよ」
「北斗もね」



 生徒玄関で北斗と別れた鞠は、また一日が始まって間もないはずなのに疲れを感じていた。

 鈍感な北斗の無神経な質問に苦しまされ、無理に微笑んでいた表情筋が既に怠い。
 全ては自分がさっさと告白しなかったから。
 それも痛いほどわかっているが、フラれた時のことを考えると慎重になるのも仕方ない。

 しかし、鞠の“好きな人とのファーストキス”を叶えるためには。
 北斗とそういう行為が許される関係にならなくてはいけないから。


 ファーストキスはもちろん憧れている。
 でも決して誰でも良いわけじゃない。

 自分が心から“大好き”だと思えた男の子としか、この願望は叶わないのだ。

 まずは告白方法を念入りに考えなくては、とやる気を呼び起こした鞠が急いで上履きを履いていると。
 背後を通った生徒の腕に手が当たってしまった。



「ごめんなさ……⁉︎」
「おはよ、鞠ちゃん」
「お、はよ……一条くん」



 振り向いて謝罪した相手があの“俳優のようなイケメン”こと、一条(いちじょう)(あらた)だっただけで、
 鞠の心臓は口から飛び出る勢いだ。


 挨拶を交わして直ぐに通り過ぎていく新の背中を見つめながら、
 電車内で交わした北斗との会話を訂正する。



(一条くんが一人でいるところ、初めて見た)



 常に取り巻きがいて、入学してから一度も話したことがなかった。
 そんな新と一週間経った今、やっと一言挨拶を交わした事に妙な感動を覚えた鞠は。



(なんていうか、街中で芸能人を発見した感覚……)



 未だ心臓の鼓動がやや早い鞠は、深呼吸をしたのち。
 教室へと向かって歩きながら入学当時のことを思い出していた。


< 5 / 138 >

この作品をシェア

pagetop