新くんはファーストキスを奪いたい



 そんな別れ方をした昨日だから、もちろん新と顔を合わせるのは気まずい。

 鞠は普段通りに過ごしつつも、なるべく視線は新へ向かないようにしていたのだが。
 昼休み時間に入った途端、それは動き出した。



「鞠」
「⁉︎」



 手洗いから戻ってきたばかりの鞠が席に着こうとした時、まるでタイミングを見計らうように新が声をかけてきた。

 弁当を広げ始めた教室内の女子の視線が一気に二人へ集中した気がして、鞠はつい小声で応える。



「な、何?」
「佐渡委員長が話あるから空き教室きてくれって」
「え、ああ美化委員のね、はい」



 委員活動で呼ばれているなら仕方ない、と安心した雰囲気を醸し出す教室内の女子と鞠本人。

 弁当タイムは一旦保留にして、新を先頭に教室を出た鞠は言われるがまま委員会で使用する空き教室に向かった。



(良かった、新くんはいつも通りだ)



 どちらかというと、自分の方が余裕がなくて反省点が多い。
 昨日の発言に深い意味はない。それこそが新が平気でいられる証拠だと思い、到着した空き教室へ足を踏み入れた。



「あれ? 佐渡委員長は?」



 しかしそこには、委員会議で使用する机と椅子が並べられていただけで。
 話があると言っていたはずの佐渡委員長の姿は、どこにもなかった。

 すると新は静かに教室のドアを閉めて、不思議そうに顔を上げた鞠と視線を交わす。



「ごめん、こうでもしないと鞠を連れ出せないから」
「え、委員会の話、じゃないの?」
「どうしても、昨日のこと直接話したくて」
「……そ、そんな改まって話すほどのことは」



 昨日のことをまだ気にしていたらしい新に、鞠も戸惑いを隠せない。

 それに面と向かって詳細を語られると、今度こそ聞き流せなくなってしまいそうで、不安に駆られる。


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