新くんはファーストキスを奪いたい
08. 学祭準備が始まって
初めての転校を経験したのは、こんなふうに雨音が鳴り響いていた日の朝だった。
アスファルトの濡れた独特な匂いに包まれる中を、傘をさした母と二人で歩いた記憶。
校長室で挨拶を済ませたあと担任の先生に引き渡された鞠は、新しい小学校の新しい三年生の教室へと足を踏み入れる。
そして黒板の前に立たされて、不安を抱えながら一人自己紹介をした。
『……三石鞠です、よろしくお願いします』
父の仕事の関係で小学三年生になった途端の梅雨の時期に、この地へと一家で越してきた。
慣れない土地に不安を覚えていた鞠は、新しいクラスメイトの拍手を浴びながら先生に指示された一番後ろの座席に向かう。
その時、隣の席に座っていたのが――。
『俺、西原北斗ね! よろしくっ』
『……よろしく』
緊張しているであろう鞠を気遣ったのか、ただ珍しい転校生に興味があっただけなのか。
物怖じすることなく無邪気な笑顔を向けてきた北斗に、自然と鞠の表情も緩んだ。
のちに自宅も近いことがわかって、登校も下校も同じ通学路を共に歩く日が続くと。
純真な子供同士というのは、仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。
加えて、雨が多いこの時期にも関わらず。
朝は降っていなかったという理由で傘を持たずに登校し、見事に帰る頃には雨に降られた北斗は――。
『鞠〜途中まで傘入れて〜』
『え? 北斗、今日も傘ないの?』
『いいじゃん家近いんだから』
そうやって、仕方なく相合傘で帰宅していた小学生時代が懐かしい。
この頃は恋だの愛だの意識するほどの関係になくて。
北斗に恋をしていると気付いたきっかけも、二人の間に何か劇的な事が起こったわけでもなく。
小学校を卒業し、これから通う中学校の入学式に向かっている時。
『お、鞠きた! 俺ら同じクラスー!』
門前で手を振り笑顔を浮かべていたのは、初めて目にする学ラン姿の北斗。
身近にいた幼馴染が急に“男の子”に見えた瞬間に、鞠の心は経験した事のない胸の鼓動を感じて。
それ以降、三年間意識するようになった。