その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました
 ベルテの手から少しはみ出す大きさの馬は、荒削りだがとても良く出来ている。
 作者は馬が好きなのだろう。作品に愛着を感じる。

「良かったらまた今度、どんなものでも構わなければその学生の人に作ってくるとも言っていた」
「え、ええ、わ、私のために? ですか?」 

 思いがけない提案に、ベルテは驚きの声を上げた。ついでにほっぺをつねってみる。

「ゆ、夢みたい。夢じゃないですよね」
「なんだ。婚約の話より嬉しそうだな。普通はベルクトフと婚約したことを、そう思うものだろう」
「それとこれとは別です。だ、だって、いくらお金を積んでも手に入らないと思っていたから…」
「ベルクトフとの婚約も、望んだからと、おいそれと出来るものではないぞ。何しろこの世に一人しかいない相手のただ一人になるのだから」
「普通はそうでしょうけど、結婚相手にステータスを求めるつもりはありません。誰かの娘、誰かの姉、誰かの妻と呼ばれるより、ベルテ・シャボイエとして生きたいと思っていますから」

 たとえ家族でも、自分ではない誰かの功績や栄光で語られるのは、ベルテの本意ではない。

「なるほどな。ベルテらしいと言えばらしいな。しかし、ベルクトフとて外皮ばかり取り沙汰されているが、なかなか実のある人間だぞ。私が保証する」
「それは、彼をもっとよく知り、仲良くしろと仰っているのですか?」
「人を欠点や周りの評価だけで判断し、その人を深く知ろうとしないのは、せっかくの縁を無駄にしていると言いたいのだよ」
「食わず嫌いはするな、ということでしょうか」
「今は周りが騒がしくて鬱陶しく思っているだろうが、これも縁だと思って毛嫌いせずにつきあってやってほしい」
「まさか、学園長も『白薔薇を愛でる会』の会員ですか?」

 あまりにヴァレンタインのことを推してくるので、ベルテは半分冗談めかして言った。

「ベルクトフのことは、優秀な生徒だと思っているが、残念ながら私は違う。長年学園で多くの生徒を見てきた経験者の助言だ」
「学園長は人の良いところを見つけるのがお上手なのですね」
「だから君の大お祖父様ともずっと付き合えたんだ。人より物に執着するのは、君も良く似ている」

 ベルテの曾祖父は政治家と言うより学者肌な人物だった。
 国王は性に合わないと、早々に息子に位を譲り、錬金術の研究に没頭した。
 学園長の言うように、人付き合いは最低限。骨董品集めも好きで、物にはとことん拘る人だった。
 そんな彼が母親を失ったベルテを何故引き取ったのか。
 それは隔世遺伝とでもいうのか、ベルテが彼に似ていたからだろう。
 ベルテは物を見る目を、彼から教わった。 

「木彫り、ありがとうございます。直接作家さんにも言いたいですが、会ってくれませんよね」
「そうだな。何しろ控えめな人間だからね。私から伝えておくよ」
「ありがとうございます。それから、もし、私に作品を作っていただけるなら、次は植物がいいですと、伝えてください」
「植物だな。わかった」
「あ、でも、無理なら本当になんでもいいです。その人の作るものなら、どれもきっと素敵だと思います

 ベルテのために、作ってくれる。
 名前も知らない、どんな人かもわからない。
 しかし、作品を見ると繊細な人なんだろうなと、想像する。
 作品はとても繊細で、今日ベルテがもらった馬も、まるで風を受けて今にも縦髪が揺れそうなくらいだ。
 技術も優れているが、多分独学なのだろうとわかる。ベルテが引きつけられたのは、その作品から滲み出す作者の魂の温かさといったものを感じたからだ。

「何歳くらいの方なのですか? それも教えてくれませんか? 学園長の教え子なら、私より年上ですね」
「その熱意の一部でもベルクトフに向けるだけで、随分違うと思うがな」
「向けるだけ無駄だと思います。向こうも過度な好感は求めていないと思いますから」
「ベルクトフがそう言ったのか?」
「いえ…」

 ベルテは学園を卒業し、国家錬金術師になるため専門の学校へ行き、最終的に国家錬金術師の資格を得る。
 一方彼は群がる女性を追い払うために、婚約の間、ベルテに虫除けになってほしいと思っている。
 
「色恋もまだよくわからないベルテに、いきなり婚約者が出来たのだ。戸惑うのも無理はない」
「別に、戸惑っては…あ、それより、今日ヴァンさんは来ていますか?」
「なんだ藪から棒に。ああ、来ている。彼とは良く会っているのか?」
「見かけたら話をします。あ、でもご存知ですよね。彼は話せないので、彼は空中で文字を書いて会話しています。少し風魔法が使えるそうです」
「彼もここの卒業生だ」
「そうらしいですね」

 そんなことを言っていたのを思い出す。

「彼も学園にいる頃、人間関係で少々苦労していてな」
「彼も?」
「詳しいことは話せないが、今のベルテと同じように、私の部屋によく来ていた」
「あのヴァンさんが…」

 麦わら帽子を目深に被り、いつも黙々と草を引いたり、花を間引いたりしている彼の姿を思い出す。
 意外な共通点に更に親しみがわいた。
< 30 / 66 >

この作品をシェア

pagetop