その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました
「それはそうと、私に何か話すことはありませんか?」

 軽く腰に添えたままの手をどうするのかとベルテが考えていると、ヴァレンタインが質問した。

「話すこと?」

 何かあったかと、ベルテは思考を巡らせる。

「学園での生活はいかがですか?」

 ベルテが考えていると、今度は具体的に聞いてきた。

「えっと、授業は楽しいです。成績もなんとか上位を保っています」

 父やエンリエッタにも学園での授業や成績のことをたまに質問されるので、同じように答えた。
 それは良かった。と父たちはいつも言うので、同じ反応を想像していたが、なぜかヴァレンタインは笑いを必死で堪えている。

「どうされましたか?」

 さっきの微笑みと違い、何か馬鹿にされているような気分になり、つっけんどんに尋ねた。

「いえ、そうですか。楽しいなら良かった。成績も、素晴らしいです」
「言いたいことがあるなら、はっきり言ってください。そんな含み笑いをされるのは嫌いです」

 社交界での隠語を含んだ会話や、建て前や媚びへつらいでの付き合いが、ベルテは大嫌いだった。
 
「これは失礼しました。ベルテ様があまりに素直で可愛いので、つい」
「か、かわ……からかうのは止めてください」
「からかってもいませんし、思ってもいないことは口にしません。少なくともベルテ様の前では」

 ヴァレンタインは真面目ぶって言うが、ベルテは信用できなくて疑いの目で睨んだ。

「私が学園生活のことをお尋ねしたのは、私との婚約で、周りから色々言われてベルテ様が困っているのではと、心配したからです」
「あ……」

 当然そっちの話だと思い至ってもいいのに、すぐに思い浮かばなかったことに、ベルテははっとした。

「自分が世間からどういう目で見られているか、大体理解しております。これまで恋人も婚約者も作ってこなかったせいで、男色説まで流れたことがありました。その私がベルテ様と婚約したと発表されたら、何がしかの反応はあることはわかっていました」
「ま、まあ、色々と言われては、います」
「シャンティエからも話は聞いております。私の預かり知らないところで、奇妙な会があることも知っております」
「奇妙なって、『白薔薇を愛でる会』のことですよね。ヴァレンタイン様を『白薔薇』と言って、皆さんで見守っているらしいですよ」

 努めて控えめに『見守っている』と言ったが、抜け駆けしようとした者には集団で取り囲んでいると聞いている。

「あまり酷いなら、私からその方々に止めるよう進言してもよろしいですよ」
「あ、いえ、それはいいです。気持ちだけで充分です。というか、何もなさらないでください」

 たとえ苦情があったとしても、彼が出てくると余計にややこしくなる。
 
「なぜ?」
「私が王女だからか、特に何かしてくる人もいませんし、自然に収まるのを待ちます」
「私を頼ってはくれないのですか」
「あなたが彼らに何か言って黙らせたとしても、私があなたに頼ったという事実が、返って人々を刺激することになると思います。あなたに四六時中側にいてもらえるわけではないのですから」
「何だか、寂しいですね」
「私もその会のことを知らなかったわけですが、あなたも最初にわかっていたことですよね。ご自分の影響力を過信していたのですか?」
「そういうわけでは…いえ、そうですね」

 ヴァレンタインは否定しかけたが、すぐに思い直して事実を認めた。

「悪かったと思っています」
「謝る必要はありません。それに、あなたが責任を感じる必要はありません。『白薔薇を愛でる会』をあなたが作ったわけではないのですから」
「ですが…」
「もう止めましょう。望む望まないに関わらず、もう婚約は発表されてしまいました。当初の予定どおり、暫くは我慢するしかありません」

「我慢……ですか」

 ヴァレンタインの口調が重くなる。

「そんなに、私のことが気に入りませんか?」

 表情も曇り、まるでベルテに気に入られないことで、傷ついているみたいに見える。
 
(私に、気に入られないからと言うより、きっと自分を嫌う人間がいることが許せないのかも)

 そう思い直した。

「あなたがどうとかではなく、私に結婚が向いていないのだと思います」

 もし国家錬金術師になったら、きっと自分は研究に没頭するだろう。
 そうなったら、仕事以外のことなど、構っていられなくなる。自分自身のことすら満足に世話も出来ないで、他の人を気にかける余裕などなくなるに違いない。

「まだしてもいないのに、向いていないなどとわかるのですか?」

 鋭い指摘だが、間違ってはいない。

「私は器用な人間ではありません。ひとつのことに没頭したら、他は目に入らなくなります。きっとあなたのことも蔑ろにします」

 そもそも利害があって婚約するのだから、気に入る気に入らないはどうでもいいことだと思った。
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