その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました
 剣を振り切ると同時に、バーラードは風を起こして砂埃を舞い上げた。
 ヴァレンタインの視界を遮ろうという作成だ。

 ガイイイーン

 鋼同士のぶつかる音が響く。
 
 しかしヴァレンタインも予測していたのか、風で障壁を作り、砂埃を吹き飛ばして上からの攻撃を下から払い除けて弾き飛ばした。
 バーラードはその反動を利用して反転すると、勢いを付けて今度は横から斬りかかった。
 ヴァレンタインは腰を低くしてその下をかい潜るが、剣先に触れた髪の毛束がハラリと舞い散った。

「いやぁ、ヴァレンタインさまぁ〜」
「誰かあの髪を拾ってぇ」
「危ないです。観客席の皆様は下がってください!」

 何人かの令嬢(男性もいた)が、切られたヴァレンタインの髪の束を拾いに行こうと、禁止区域に降り立とうとして警備に止められている。

 そんな喧騒を冷ややかな目で見る者もいるが、殆どの者が勝敗の行方に目を奪われていた。

 腰を低くしたヴァレンタインは、そのままバーラードの懐に飛び込み、剣を突き刺そうとすが、バーラードは体を捩って横に飛んだ。
 バーラードが着地しようとする地面にヴァレンタインが魔法で穴を空け、彼を呑みこもうとする。
 咄嗟にバーラードは空中で風を起こして風圧で飛んだ。

「おお!」

 剣と魔法で互いに一歩も譲らない攻防を繰り広げ、試合は開始から三十分が経とうとしていた。

 全員が固唾を呑んで見守り、ベルテもいつの間にか息を殺し、掌にじっとり汗をかいていた。

「両者一歩も譲らない感じだな」

 国王が呟く。

「でもバーラードの方が、顔色が悪くなってきていますよ」

 ディランがそう言ったので、よくよく見ると、確かに目も血走りつつある。
 対してヴァレンタインは変わらず涼しい顔をしている。

「あれ?」

 スクリーンのヴァレンタインを見て、ベルテは何か違和感のようなものを感じた。
 具体的に何が、とはっきり言えないが、バーラードに対峙するヴァレンタインをじっと見た。

「どうしたのですか?」

 ディランがベルテの異変に問いかける。

「え、いいえ、な、何も……」

 周りも特に気づいていないようだし、気のせいだろうも、ベルテは思った。

 ハアハアと、バーラードは肩で息をして汗をかいている。
 ヴァレンタインも前髪や横の髪が汗で貼り付いていはいるが、バーラードほど息は上がっていない。
 キュッと唇を引き結び、少し眉間に皺を寄せて鋭くバーラードを睨んでいる。
 
 立ち尽くすヴァレンタインの足元からふわりと風が巻き起こった。
 一瞬にして汗が乾き、髪が風に靡いた。
 
(風魔法で汗を吹き飛ばしたんだわ)

 ホワイトブロンドの髪が風にさらりと揺れる様はとても詩的で、それだけで吟遊詩人が即興で詩を一節作れそうなほどだ。

 皆が彼を称賛して愛でたがる理由も理解できた。
 芸術には親しみと造詣が深いベルテは、人に対して初めて「美しい」と思った。
 でも、どんなに名工が創り上げようと、魂が宿っているかのように見事な作品であろうと、芸術品は固くて無機質だ。
 けれど、ヴァレンタインは実際に生きていて、血が通った人間だ。
 己の考えを持ち、喜怒哀楽を表現し汗も掻けば血も流す。そして涙だって流すだろう。
 
(あの綺麗な瞳から流れる涙は、どんなだろう)

 そんな加虐的な考えが脳裏に浮かび、ベルテは自分の性癖に驚いていた。

 スクリーンでは、ヴァレンタインがちょうど地面を蹴り、風魔法で勢いをつけてバーラードに突進していく姿が映っていた。
 バーラードは振り下ろしたヴァレンタインの剣戟を、剣を横にして何とか受け止め、渾身の力を込めて押し込めようとしている。
 ヴァレンタインもさらに体重をかけて、バーラードを押しつぶそうと力を込めている。
 ガキン
 音がして、バーラードの剣が折れた。
 すでにヒビが入っていたのか、その衝撃でバランスを崩してバーラードは後ろに倒れかけたのを、風魔法を使って跳んだ。
 しかしそれをヴァレンタインは土壁で阻み、着地出来なくなったバーラードが、風圧で壁を飛ばした。
 しかし上手く体勢を整えることが出来ず、地面に倒れ込んだ。
 そこへヴァレンタインが切り込みにかかり、バーラードは倒れ込んだまま起き上がれず、仰向けになってそれを受け止めた。
 
「降参しろ」
 
 風魔法がヴァレンタインの声を拾う。

「誰が。そっちこそ、降参しろ」

 バーラードは降参する気がないようだ。

「私は、どんなことがあっても勝つと決めている」
「は、こっちもだ。お前に良いところばっかり持って行かれて、たまるか」
「それが実力の差だ」
「ぬかせ!」

 バーラードは叫んで、その勢いで起き上がり、ヴァレンタインを押し退けた。

 ヴァレンタインは後ろに一歩飛んで体勢を整えた。

「仕方がない」

 両手で剣を構えたヴァレンタインの周りに、炎が立ち上がる。

 ひとつふたつと炎が生まれ、それはやがて大きな円形を型どった。

「まだあんなに魔力が残っていたの」

 どれだけの魔力があるのか。ベルテは感心した。

 剣を奮う時も強化魔法を使っていたはず。それに風と火、土魔法を駆使していたので、そろそろ魔力が尽きてもおかしくない。
 
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