その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました
 約束の日、ベルテは言われた通りの格好してヴァレンタインを待った。シンプルな木綿のブラウスに縦ストライプのふくらはぎまでのフンワリしたスカート、肩にレースのスカーフを羽織る。

「え? ヴァレンタイン様?」

 やって来たヴァレンタインは、質素な生成りのシャツと明るい茶ベスト、それから革の黒いピタリと足に沿ったズボンを履いて、目立つ髪色は焦げ茶色に染めていた。
 しかし、ベルテが疑問形で問いかけたのは、彼が掛けている眼鏡のせいだった。
 
「その眼鏡、魔道具ですか?」
「はい。認識阻害の魔法が掛かっています。ベルテ様にはこちらを」
 そう言って彼は紫水晶のペンダントをベルテに渡した。
 認識阻害の魔法で、彼の顔はいつもの人目を引く華やかさはなく、どこかぼんやりとした印象だった。


「もしかして、これにも認識阻害の魔法が?」

 中心にある水晶にベルテが触れる。

「はい。加えてこれを身に着けている間は、互いにだけは認識阻害の魔法は効きません」

 改めてペンダントを着けてから彼を見ると、さっきは別人に見えたのに、確かに普通に眼鏡を掛けたヴァレンタインにしか見えない。
 
「さらに位置情報もわかるようになっていますので、途中ではぐれてもすぐに見つけられます」
「迷子になると?」
「そういうわけでは……しかし、万が一ということがありますから」

 どこまで用意周到なのかと思うが、一応ベルテも王女なのだから、それなりに警戒は必要だ。

「馬車も中はちゃんとしていますが外見はありきたりの素朴なものです」
「別に気にしません」

 乗る人間が質素な出で立ちなのに、馬車が豪華絢爛ではおかしい。

「そう言ってもらえて有り難いです。ではまいりましょう」
「二人共、いってらっしゃ~い」
「エ、エンリエッタ様、いつの間に」

 ベルテはぎょっとして声を上げた。
 こっそり出かけるつもりが、エンリエッタとディラン、それに国王まで少し離れた場所にいた。

「母上、こっそり見送るのではなかったのですか?」
「だってぇ、きちんと送り出してあげたいじゃない」
「は、早く行きましょう」

 息子に指摘されて口を尖らせているエンリエッタたちを置いて、ベルテはヴァレンタインを急がせた。

「行ってまいります。必ず無事に送り届けますので」

 しかしヴァレンタインは丁寧にお辞儀までして、挨拶を返した。

「もう、いちいち受け答えしなくていいです」
「せっかく見送りに来てくれているのに、何も言わずに行くのは失礼かと…」

 馬車の中でベルテが文句を言うと、ヴァレンタインは悪びれもせず肩を竦めて言った。
 彼にしてみれば国王と側妃、王太子相手に無視も出来ないのだろう。

「と、ところで何処に行くのですか?」
「それは着いてからのお楽しみです。少し歩きますが大丈夫ですか?」
「そんなひ弱ではありません」
「言葉通りであることを、期待しています」

 常日頃から鍛えている騎士と比べれば、軟弱に見えるのは仕方がないが、体力はあるつもりだ。

「この前は、ありがとうございました」
「え?」

 馬車が出発して暫くしてからベルテは口を開いた。

「錬金術師の養成所の件です。来年の試験に向けて勉強することになりました」
「それは良かった」

 ヴァレンタインは嬉しそうに微笑む。
 まるで自分のことのように。

「婚約が決まったことで、ベルテ様にもご迷惑をおかけしているとは思います」
「ま、まあ…」

 ベルテは苦笑いで返事をした。

「確かに鬱陶しいことはあります」
「申し訳こざいません」 

 ヴァレンタインが謝った。
 
「私の方も、ベルテ様のお陰で、随分周りの雰囲気が変わりました」
「どんな風にですか?」
「まず、騎士団の詰め所に来る女性たちの人数が半分になりました」
「半分?」
「ええ。多いときには一日に百人も押し寄せて、苦情が出ていました」
「ひゃ、百人!?」
「それから、騎士団の行き帰りに待ち伏せられる人も少なくなりました」
「待ち伏せ?」
「騎士団から我が家までの道すがら、角々に人が立っていて、声をかけられたり怪しい手作りだとかいう菓子を突き出されたり、断るのに苦労しましたし、気が抜けませんでした」

 角々に人が待ち伏せしていて、突然得体のしれないものを突き出されたりすれば、それはそれで怖いだろう。
 確かに煩わしいことだが、彼のせいばかりではない。

 話を聞いて、ベルテは少し同情した。
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