その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました
第十章 ヴァレンタインの秘密
「国王陛下に敬礼!」
「うむ。皆、大義である。そなたらの働き、大いに期待しているぞ。全員無事の帰還を待っている」
魔獣討伐に向かう騎士団の壮行会。王都の広場に設けられた演台で、整列している騎士団員たちに国王が激励の声を掛ける。
周りにはそれを見守る王都の人々もいる。
国王の後ろにはエンリエッタとディラン、そしてベルテが並んでいた。
一年に二回行われる魔獣討伐には、騎士団約百五十人が向かう。その中にはヴァレンタインもいる。
武闘大会では審判に徹していた団長も、討伐部隊に加わる。居並ぶ騎士団員の先頭に立ち、激励する国王に一礼する。
ベルテは団長の向こうのヴァレンタインを盗み見る。
あの日、ベルテは街中でヴァレンタインにキスをされた。
ほんの一瞬だったがしっかり唇の感触を感じた。
「何するのよ」
どんと彼の胸を思い切り突き放した。
「キスです」
唇に手の甲を当てて、ベルテはごしごしと擦る。
「そ、そんなのわかっているわ。私が言っているのは、どうしてしたのかってことよ」
「私達は婚約者です。口で言ってもあなたが納得しないので、体でわからせただけです」
「だ、だからって、いきなり…」
「では、今度は先にしてもいいかお聞きしてからします」
「しなくていいわ!」
先に断ったらいいとかの問題ではない。
「か、帰ります」
涙目になってベルテは彼の側をすり抜けようとした。
「送ります。一人では行かせられません」
本当は彼と一緒にいたくなかった。でも、ここから歩いて帰る自信もない。ベルテは王宮に帰るまで目も合わせずずっと外を見ていた。そして馬車が王宮に着くと、何も言わずに降りた。
エンリエッタからどうだったかと聞かれても、彼女は「別に」としか答えず、その空気を察して彼女もそれ以上聞かなかった。
それから今日まで、約束どおりヴァレンタインは非番の日はベルテとシャンティエを迎えに来たが、ずっと気まずいままでいる。
今日の壮行会も体調不良で欠席をしようかと思ったが、魔獣討伐は国にとっても大事な騎士団の業務だ。国民の命や国の体勢にも大きく影響する。それを自分の機嫌で勝手に欠席することは出来なかった。
「ベルテ様」
壮行会が終わり、騎士団が出発の準備を始める。デルペシュ卿にシャンティエが話しかけに行って、二人は熱い抱擁を交わしている。ベルテは父達の後ろについて、戻ろうとしているところをヴァレンタインに呼び止められた。
「何か?」
あのキスを赦したわけではない。でも、これから討伐に向かう騎士に最低限の礼儀は示す。
「これを」
彼は美しい赤い絹で作られた小さな袋をベルテに差し出した。
「これは?」
すぐには手に取らず、ベルテは彼が何をしようとしているのか訝しんだ。
「私と思って持っていてくれますか?」
そう言ってベルテの手に袋を押しつけた。固い何かが入っている。中を見るとそれは騎士になった時にもらうメダルだった。
「これを、私に?」
騎士の身分を現すそのメダルを異性に贈るということは、命を捧げるという意味であることは、ベルテでも知っている。
「私に対する怒りはあるでしょうが、これを持っていてくれる人に会うため生きて帰る。それが騎士にとっては何よりの励みなのです」
命はメダルと共に、大切な人の側に。それがメダルを捧げる意味だ。
「そ、そんなこと」
そんな風に言われたら、受け取るしかない。
「ベルテ様に持っていてほしいのです」
「わ、わかったわ。じゃあ、私もこれ」
ベルテはポケットから質素な革袋を取り出し、ヴァレンタインの前に突き出した。彼がくれたメダルが入っていた袋とは雲泥の差だ。
「え?」
「ふ、深い意味はないからね。エンリエッタ様が、そうしろって言うから、本当に深い意味はないから」
誤解されないように、エンリエッタ様に言われたからだと、付け加える。
「私に、いただけるのですか?」
「本当に大した物じゃないから。期待しないで」
明らかに感動している彼に、ベルテは何度も繰り返す。
「ベルテ様からいただけるなら、たとえ走り書きの紙の切れ端でも嬉しいです」
「そ、それよりはましかも」
袋を逆さまにして彼の手に転がり落ちたのは、中央にペリドットを嵌め込んだ銀のアミュレットだった。
石はもちろんベルテの瞳の色だ。長い鎖が付いていて、首飾りになっている。
「もしかして、これは」
「た、たまたまよ。たまたま材料があって造ったの」
照れ隠しでベルテはそっぽを向く。
「ありがとうございます。大事にします」
ヴァレンタインはそれを首に掛け、騎士服の中に見えないように押し込んだ。
「うん」
デルペシュ卿とシャンティエのようには出来なかったが、これがベルテの精一杯だった。
「言っておくけど、この前のこと、私は赦していないから」
ぷいっと背中を向けて、ベルテはヴァレンタインを置いて立ち去った。
しかしそんな二人の様子を、影から苦々しく見ている者がいた。
「うむ。皆、大義である。そなたらの働き、大いに期待しているぞ。全員無事の帰還を待っている」
魔獣討伐に向かう騎士団の壮行会。王都の広場に設けられた演台で、整列している騎士団員たちに国王が激励の声を掛ける。
周りにはそれを見守る王都の人々もいる。
国王の後ろにはエンリエッタとディラン、そしてベルテが並んでいた。
一年に二回行われる魔獣討伐には、騎士団約百五十人が向かう。その中にはヴァレンタインもいる。
武闘大会では審判に徹していた団長も、討伐部隊に加わる。居並ぶ騎士団員の先頭に立ち、激励する国王に一礼する。
ベルテは団長の向こうのヴァレンタインを盗み見る。
あの日、ベルテは街中でヴァレンタインにキスをされた。
ほんの一瞬だったがしっかり唇の感触を感じた。
「何するのよ」
どんと彼の胸を思い切り突き放した。
「キスです」
唇に手の甲を当てて、ベルテはごしごしと擦る。
「そ、そんなのわかっているわ。私が言っているのは、どうしてしたのかってことよ」
「私達は婚約者です。口で言ってもあなたが納得しないので、体でわからせただけです」
「だ、だからって、いきなり…」
「では、今度は先にしてもいいかお聞きしてからします」
「しなくていいわ!」
先に断ったらいいとかの問題ではない。
「か、帰ります」
涙目になってベルテは彼の側をすり抜けようとした。
「送ります。一人では行かせられません」
本当は彼と一緒にいたくなかった。でも、ここから歩いて帰る自信もない。ベルテは王宮に帰るまで目も合わせずずっと外を見ていた。そして馬車が王宮に着くと、何も言わずに降りた。
エンリエッタからどうだったかと聞かれても、彼女は「別に」としか答えず、その空気を察して彼女もそれ以上聞かなかった。
それから今日まで、約束どおりヴァレンタインは非番の日はベルテとシャンティエを迎えに来たが、ずっと気まずいままでいる。
今日の壮行会も体調不良で欠席をしようかと思ったが、魔獣討伐は国にとっても大事な騎士団の業務だ。国民の命や国の体勢にも大きく影響する。それを自分の機嫌で勝手に欠席することは出来なかった。
「ベルテ様」
壮行会が終わり、騎士団が出発の準備を始める。デルペシュ卿にシャンティエが話しかけに行って、二人は熱い抱擁を交わしている。ベルテは父達の後ろについて、戻ろうとしているところをヴァレンタインに呼び止められた。
「何か?」
あのキスを赦したわけではない。でも、これから討伐に向かう騎士に最低限の礼儀は示す。
「これを」
彼は美しい赤い絹で作られた小さな袋をベルテに差し出した。
「これは?」
すぐには手に取らず、ベルテは彼が何をしようとしているのか訝しんだ。
「私と思って持っていてくれますか?」
そう言ってベルテの手に袋を押しつけた。固い何かが入っている。中を見るとそれは騎士になった時にもらうメダルだった。
「これを、私に?」
騎士の身分を現すそのメダルを異性に贈るということは、命を捧げるという意味であることは、ベルテでも知っている。
「私に対する怒りはあるでしょうが、これを持っていてくれる人に会うため生きて帰る。それが騎士にとっては何よりの励みなのです」
命はメダルと共に、大切な人の側に。それがメダルを捧げる意味だ。
「そ、そんなこと」
そんな風に言われたら、受け取るしかない。
「ベルテ様に持っていてほしいのです」
「わ、わかったわ。じゃあ、私もこれ」
ベルテはポケットから質素な革袋を取り出し、ヴァレンタインの前に突き出した。彼がくれたメダルが入っていた袋とは雲泥の差だ。
「え?」
「ふ、深い意味はないからね。エンリエッタ様が、そうしろって言うから、本当に深い意味はないから」
誤解されないように、エンリエッタ様に言われたからだと、付け加える。
「私に、いただけるのですか?」
「本当に大した物じゃないから。期待しないで」
明らかに感動している彼に、ベルテは何度も繰り返す。
「ベルテ様からいただけるなら、たとえ走り書きの紙の切れ端でも嬉しいです」
「そ、それよりはましかも」
袋を逆さまにして彼の手に転がり落ちたのは、中央にペリドットを嵌め込んだ銀のアミュレットだった。
石はもちろんベルテの瞳の色だ。長い鎖が付いていて、首飾りになっている。
「もしかして、これは」
「た、たまたまよ。たまたま材料があって造ったの」
照れ隠しでベルテはそっぽを向く。
「ありがとうございます。大事にします」
ヴァレンタインはそれを首に掛け、騎士服の中に見えないように押し込んだ。
「うん」
デルペシュ卿とシャンティエのようには出来なかったが、これがベルテの精一杯だった。
「言っておくけど、この前のこと、私は赦していないから」
ぷいっと背中を向けて、ベルテはヴァレンタインを置いて立ち去った。
しかしそんな二人の様子を、影から苦々しく見ている者がいた。