その断罪に異議あり! 断罪を阻止したらとんだとばっちりにあいました
 ヴァレンタインは討伐の際に怪我をした仲間を庇って、魔樹の攻撃を受けたとディランは教えてくれた。

 魔樹はヤギルトウツボという名のもので、種を飛ばし、動物や植物に取り付いて、そこから養分を奪い成長する。
 ヴァレンタインはその種に寄生され、魔力の殆どを失ったそうだ。

 さっきその連絡が入ったらしい。しかしベルテに話そうと待ち構えていたのに、なかなか彼女が帰ってこなくて捜索に動き出したところだった。

「魔力を……」

 魔力は生命力に繋がる。魔力が少なくなると人は生命活動が停止する。

「ある程度他人の魔力で補うことができるけど、自分の魔力じゃないから定着しない。相性もあるからね。だからベルクトフ邸に運んで、彼の家族が魔力
注いでいるけど、ヴァレンタイン殿は元々魔力も多いから、なかなか取り戻すことが出来ない」
「魔力道具は?」

 そのために魔力を普段から指輪やその他の装飾品に貯めておくこともできる。

「それでも貯めておく魔力にも限界があって、それほどたくさんはないそうです」
「そんな…」
 
 そういうわけで馬車はベルクトフ邸に向かっているということだ。

「ベルテ様」

 馬車がベルクトフ邸の玄関に着くと、シャンティエが出迎えてくれた。

「シャンティエ様」
「ありがとうございます。兄のために」

 ベルクトフ邸に着くと、シャンティエが出迎えてくれた。ディランは私を馬車から降ろすと、アレッサンドロのことの後始末があると王宮に戻った。
 
「彼の容態は?」
「はい。まだ昏睡状態ですが、今すぐ何かをしなければならないわけでなく、引き続き様子を見るしかないと、お医者様はおっしゃいました」
「そう」 
 
 シャンティエと共に二階に上がると、廊下にベルクトフ侯爵が立っていた。
 どうやら侯爵が立っている扉が、ヴァレンタインの部屋らしい。

「ベルテ様、お越しいただきありがとうございます」
「いえ、私が来ても何のお役にも立ちませんけど」
「とんでもございません。どうぞ、ベルテ様」

 侯爵が扉を開けて、彼の部屋に私を招き入れてくれた。
 入ってすぐは居間になっていて、その奥が寝室になっている。

「え?」

 そこを通り過ぎて奥へ進む途中で、ベルテはそこにあった棚に並んだものを見て驚いた。

 木彫りの置き物がずらりと並んでいる。

 殆どが馬を題材にしている。荒削りなものもあるが、その殆どが、学園長の部屋にあったものと同じポーズを取っている。

「ああ、それはヴァレンタインが趣味で造っているものです。こっちが造り始めた頃ので、こちらが最近のものです」

 侯爵が端から順に並んだ木彫りについて説明する。

「どうかされましたか? ベルテ様」

 侯爵の説明も耳に入らず、木彫りをじっと見つめているベルテに、侯爵が不思議そうに問いかけた。

「い、いえ…これを、ヴァレンタイン様が?」
「地味な趣味でしょう。しかし精神集中にいいのだと言っておりました」
「とても…お上手、ですね」
「下手な横好きの素人の手慰みです。侯爵家の後継ぎとしては良い趣味とは言えません」
「いえ、そんなことありません。私も、好きです」
「そうですか。そう言っていただけて、息子も喜びます」

(どういうこと? あれを造ったのがヴァレンタイン?)

 ベルテの頭は混乱していた。学園長は卒業生の作品だと言っていた。ヴァレンタインも卒業生だから、間違ってはいない。

(でも、私があれを学園長からもらったとき、彼は何もいわなかった)

 しかし侯爵の口調から、その趣味を良くは思っていない感じだ。だから言えなかったのだろうか。

 確かめたいと思ったが、当の本人は今は意識不明だ。

 ベルテは侯爵について寝室へと向かった。カーテンを閉めて薄暗い部屋の中央に寝台が置かれていて、そのそばには侯爵夫人と恐らく医者か魔法医師と思しき人物が一人立っていた。

「ベルテ様、ありがとうございます」

 こんな形で彼の部屋に来るとは思わず、ベルテは神妙な面持ちでそばに歩いて行った。

「…!!」

 長いまつげに縁取られた瞳は閉じられ、顔色は死人のように青白く、唇も紫色に近い。
 まるで氷漬けにされているように見え、本当に生きているのかと思った。

「声をかけて手を握ってやってください。外部からの刺激に反応して目が覚めるかもしれません」

 医師らしき男性に言われ、夫人に目で確認する。夫人は「お願いします」と小さく答えた。
 ベルテは彼の左手にそっと手を触れ、名を呼んだ。

「ヴァレンタイン…さま、ベルテです」

 ピクリと睫毛が揺れた気がする。左手も僅かに動いた。
 意識のない中でも耳も聞こえ、感覚はあるのは本当のようだ。

「ベルテ様の声が聞こえているようです」
「そ、そう?」

 本当はベルテより、会いたい人がいるのではと思った。

「あ、あつ!」

 その時、ポケットの中にあるものが熱を帯び、ベルテは驚いた。
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